2017年11月21日 (火)

谷口雅春大聖師御生誕日記念式典

 11月22日(水) 10:00より、生長の家総本山 出龍宮顕斎殿において「谷口雅春大聖師御生誕日記念式典」が執り行われます。

 この御祭での生長の家総裁・谷口雅宣先生の御挨拶が「ライブ配信」されます。

            (牧野尚一:H29.11.21)

実相の展開は多様性に向かう

  11月19日(日)の午前9時半から、山梨県北杜市にある生長の家“森の中のオフィス”のイベントホールで「第66回 生長の家代表者会議」が行われました。

 最後に、生長の家総裁・谷口雅宣先生がお言葉を述べられましたが、先生のブログ『唐松模様』に「2017年11月19日(日) 実相の展開は多様性に向かう」と題してご紹介いただいております。深く感銘いたしました。ありがとうございます。

            (牧野尚一:H29.11.21)

初雪や

 秋の明るい日差しの中、通勤バスとすれ違う車の中に屋根が真っ白な車がありました。随分高い所から来たのだなぁと思っていましたら、オフィスも初雪でした・・・(^ ^;

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 空は青空ですので、昼には解けてしまいました。

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 青空に 映えて眩しき 白き雪

            (牧野尚一:H29.11.21)

2017年11月19日 (日)

不滅の大法

 前生長の家総裁・谷口清超先生には沢山のご著書がありますが、その一冊『伸びゆく日々の言葉』(日本教文社刊)があります。
  1月1日から12月31日まで、珠玉の真理のお言葉が綴られた366日の箴言集です。(2月29日もあります)

 十一月の章は「日々最善を尽くす」です。


1, 
希望実現の鍵


 「十一月十二日 希望実現の鍵」には、次の様にあります。

『心の奥底にかくれている心がある。これを潜在意識というが、この心が現われて、現在意識の願望を打ちくだく。心の奥で、「とてもあの学校には入れない」と思いつつ、しきりに「入りたい」と希望し、四苦八苦する。しかし潜在意識が強く「入れない」と思うと、この願望は叶えられない。この潜在意識を変えるには、二つの方法がある。一つは徹底的に祈りかつ実相のすばらしさを観ることである。二つは努力によって実力をつけ、「やれる、できる」という実感をもつことで、意識を変えるのだ。この二つを同時にやるがよい。あとは神に全托し、安らかな気持で、感謝の生活を送ることだ。』

 谷口清超先生は、ここで希望実現の3つの鍵を示されています。

 (1) 徹底的に祈りかつ実相のすばらしさを観る

 「生長の家」では、宇宙創造の唯一絶対神である大神様は、私たち「神の子・人間」の親様であり、無限の叡智、無限の大愛そのものであり、既に、完全円満・永遠不滅の実相世界(神の世界)を完全に創造され、その世界は交響曲が次々と楽章毎に展開して行くように、無限生長・無限向上・無限創造の世界である、と説いています。

 その実相世界の神様が「神の子・人間」として神の似姿さながらに表現の世界(現象世界)に展開・投影していますので、「神の子・人間」には、すべての人に「神」が内在し、すべての大自然もまた「神」の顕現そのものです。

 神様が私たちに内在しているのですから、人を傷つけたり、大自然を傷つけるような願いは、これは神様の思いではありません。しかし、その願いが、多くの人々に慶福をもたらし、万人・万物を平和に大調和に生かすような願いでしたら、それは間違いなく神の世界(実相世界)に成就している神様の理想であり、それが貴方の理想や、希望、夢となって現れているのです。
 従って、それは、「既に」神の世界(実相世界)に成就している神様の思いですから、それを「神想観(しんそうかん)」によってしっかりと「観る」ということが大切であると、谷口清超先生がお教えくださっています。

 神の御心を「観る」、それが本当の「祈り」です。神様の御心は素晴らしい、神様の実相世界は素晴らしいと讃嘆し、「いのち(命)」で「の(宣)る(宣言する)」、これが、本当の命宣(いの)り=「祈り」です。

 「生長の家」では、座禅的瞑想法である「神想観」という「祈り」があります。その詳しい実修法につきましては、下記の書籍を是非ご参照ください。

生長の家創始者・谷口雅春先生『新版 詳説 神想観』(日本教文社刊)

前生長の家総裁・谷口清超先生『神想観はすばらしい』(日本教文社刊)

生長の家総裁・谷口雅宣先生『生長の家ってどんな教え?』(生長の家刊)

 次に、

 (2) 努力によって実力をつけ、「やれる、できる」という実感をもつことで、意識を変える

  言うまでもなく、自分が一番良く自分を識っているわけですので、努力した事だけが自分の自信になるわけですから、自分が納得してはじめてその力が発揮され、夢を実現できます。決断と、意思と、勤勉さが大事ですね。

 このように「祈り」と「努力」が希望実現の両輪です。
 明るく、楽しく、努力し、訓練して、実力を磨きましょう。目標達成のためのその努力の過程それ自体がまた楽しいわけですから、人生は素晴らしいですね!

 そして、

 (3) あとは神に全托し、安らかな気持で、感謝の生活を送る

 宇宙創造の唯一絶対神である大神様は、私たち「神の子・人間」の親様であり、無限の叡智、無限の大愛そのものであり、常に私たち「神の子・人間」を、完璧に護り、導いてくださっています。
 大神様に、日々感謝し、全托して、素晴らしい毎日を送りましょう!

 楽しき哉、人生、ありがたき哉、人生ですね!


2. 不滅の大法


 さて、ご承知のとおり11月は生長の家創始者・谷口雅春先生のお誕生月です。
 谷口清超先生著『伸びゆく日々の言葉』(日本教文社刊)「十一月二十二日 不滅の大法」には、次の様にあります。

『「生長の家」の創始者・谷口雅春大聖師は明治二十六年十一月二十二日、兵庫県八部(やたべ)郡烏原(からすはら)村に誕生遊ばされ、昭和六十年六月十七日に長崎市に於いて昇天された。満九十一歳七ヵ月の御長寿であったが、もし本年本日まで御在世なされたならば、百何歳かの御誕生日をお祝い申し上げるべき日である。地上の肉体は必ずいつかは昇天日を迎えるが、それは魂の死ではない。本当のいのちは永遠不滅であり、神であり、仏である。そのことを大聖師は一生涯を通して説き明かされた。病気も不幸も災難も死も戦争もなく、罪も迷いもない実相の完全円満を、大聖師は常に説法された。この御教えは久遠不滅の大法である。』

  今年は、ご生誕から124年目となります。

『本当のいのちは永遠不滅であり、神であり、仏である。そのことを大聖師は一生涯を通して説き明かされた。病気も不幸も災難も死も戦争もなく、罪も迷いもない実相の完全円満を、大聖師は常に説法された。この御教えは久遠不滅の大法である。』

 これが、 「生長の家」の根本真理であり、これが「久遠不滅の大法」ですね。
  この「宇宙の大法」、「唯神実相の真理」が生長の家創始者・谷口雅春先生から前生長の家総裁・谷口清超先生に、生長の家総裁・谷口雅宣先生へと引き継がれて、日本のみならず、アジアに、南北アメリカ、ヨーロッパ等々、全世界に「生長の家」が人類の行く手を照らす真理の燈台として広がっています。


 11月22日(水) 10:00より、生長の家総本山 出龍宮顕斎殿において「谷口雅春大聖師御生誕日記念式典」が執り行われます。
 この御祭での生長の家総裁・谷口雅宣先生の御挨拶が「ライブ配信」されます。


 生長の家創始者・谷口雅春先生、前生長の家総裁・谷口清超先生、生長の家総裁・谷口雅宣先生からの数限りない師恩に、深く深く感謝申し上げます。


            (牧野尚一:H29.11.19)

2017年11月13日 (月)

招神歌(かみよびうた)につきまして

(1)「神」と「神の子・人間」は親子の関係

 「生長の家」には座禅的瞑想法で、「神想観(しんそうかん)」という行法があります。
 このとき、最初に招神歌(かみよびうた)四首を唱えます。

 生きとし生けるものを生かし給える御祖神(みおやがみ)元津霊(もとつみたま)ゆ幸(さきは)え給え。

 吾が生くるは吾が力ならず天地(あめつち)を貫(つらぬ)きて生くる祖神(みおや)の生命(いのち)。

 わが業(わざ)はわが為すにあらず天地を貫きて生くる祖神の権能(ちから)。

 天地の祖神の道を伝えんと顕(あ)れましし生長の家大神(せいちょうのいえのおおかみ)守りませ。

 招神歌の意味につきましては、 生長の家創始者・谷口雅春先生『新版 詳説 神想観』(日本教文社刊)pp.74-76で、次のように説明いただいています。

『招神歌は神に呼びかけるような気持で唱えます。
 (中略)
 歌の意味は、説明の必要のないほど平明なものでありますが、第一首の「元津霊ゆ」は「元のみたまより」「大生命より」という意味であります。「幸え」は「サキハエ」と読みます。サキハエの語義は非常に意味深いものがあります。吾等の幸福は自分の力で得られるものではなく、大生命から「割きはえ」られることによって得られるのであります。「割き」は「分ち与える」の意「はえ」は「延(は)える」すなわち、「根から末へ出て来る」ことを言うので、「神」という大根抵から神の子なる吾らに霊を与えられることを言うのであります。霊を与えられれば吾等の霊は殖えるのでありまして、これを「恩頼(みたまのふゆ)」とも「霊のたまもの」とも言うのであります。「霊のたまもの」が殖えれば吾々はズンズン生長し幸福になれるのであります。
 生長の家の礼拝する本尊の神様は「生きとし生けるものを生かし給える御祖神」すなわち天地の主なる神であります。その天地の主なる神の元津霊(もとつみたま・大元霊)よりみたま先延(さきは)え(元より末へ延長(さきはえ)する意)頂いて生かされている。別にかく祈らなくとも人間は天地の主から生命を賜わって生きているのでありますが、かく祈ることによって、天地の主なる神より生命を与えられ生かされている事実を再認識するのであります。』(pp.75-77)

 『招神歌は神に呼びかけるような気持で唱えます。』とありますように、「神」と「神の子・人間」は親子の関係にありますから、子供が親に呼びかけるように、「お父さ~ん、お母さ~ん」と呼びかけるのが神想観です。

 『新版 詳説 神想観』(日本教文社刊)には、次の様にあります。

『神を愛するとは素直に実相に直参(じきさん)して、「神よ、私は神の子です、貴方は私の実父(ちち)です。貴方の生命が私に宿って私の生命となったのです」と驀(まっしぐ)らに神の膝の上に掻き上ることなのです。正しい祈りとは実にこの「私は神の子です」との命宣(いの)りであります。』(p.47)

 このように、「祈り」とは神に懇願することではありません。「親様なる神様、私は神の子です。神様から“既に”一切の良きものをいただいております、ありがとうございます!」との命(いのち)の宣言、感謝の御礼、これが本当の“命宣(いの)り”です。請求書(懇願)の祈りではなく、領収書(既に)の感謝の祈りをいたしましょう。

 さて、77頁に『生長の家の礼拝する本尊の神様は「生きとし生けるものを生かし給える御祖神」すなわち天地の主なる神であります。』
  とありました。
 即ち、「生長の家」の礼拝する本尊の神様とは、宇宙創造の唯一絶対神です。その大神様の御生命(おんいのち)をいただいて私たちが“神の子”として存在するのですから、本当にありがたい、尊い生命(いのち)ですね。ただそれだけで、感謝でいっぱいになりますね。

 「生長の家」の礼拝する本尊の神様につきましては、 谷口雅春先生著『新版 善と福との実現』(p.223-228・日本教文社刊)にも詳しくご説明があります。

 このご本の初版は昭和23年12月20日で、 『第十章 生長の家の神は「根本中」也』の本文は、次のように書き出されています。

『戦後吾等が得た恵福は、国民が信教の自由と言論の自由とを恢復(かいふく)し得た事である。されば私は今後方便に偏せず、真実を説くことが出来る事になり、愈々(いよいよ)真理開顕(かいけん)のときが来たのである。』(p.223)

 言論の自由が阻まれていた戦時体制下の制約を解かれ、誰に憚ることなく自由に真理を説ける時期が来たことのお喜びの中で、谷口雅春先生は続いてこう書かれています。

『今まで吾等は天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)と阿弥陀(あみだ)とゴットと天地の創造主とを、同一の本源唯一神(ゆいいつしん)なる生長の家大神(うちゅうぜんたいのおおかみ)の別名であることを『生命の實相』で説いて来たのであり、老子の説く如く「道」(コトバ即ち神)は本来無名であり、神名又は仏名にとらわれて、他宗排撃の固陋(ころう)に陥ってはならない、万教は互に手を繋いで、唯一の神を信じ讃えようではないかと説いて来たのである。』(p.223-224)

 唯一絶対の存在(根源神・大生命)を「生長の家」では、 「生長の家大神」と呼称しており、

 天之御中主神 = 阿弥陀 = ゴット = 天地の創造主 = 同一の本源唯一神 = 生長の家大神

と、すべてが同一であることがここに明確に示されてあります。まさに「生長の家」が万教帰一である由縁ですね。名称に差違はあっても、同一のご存在である、というわけです。これが理解できれば、たちまち世界の人々は互いに互いを“神の子”同士として讃え合い、手を結び合い、忽ちにして今、此処に、天国・極楽浄土が現出いたします。

 絶対が二つも三つもあるはずはなく、それぞれの宗教宗派が尊崇する対象は、実はすべて「一」なる存在であることは、論理的に考えてもこれ以外にはあり得ませんね。
 それぞれの方々が尊崇する名称や、真心を顕しやすい礼拝の形式等、それは皆それぞれに尊いのですから、その名称、礼拝の形式等はそれぞれ大切にしてゆけば良いのです。そして、相互にそれを尊重し合いながら、「一」なるご存在に感謝してゆけば良いわけですね。

(2)招神歌は神に呼びかけるような気持で

 谷口雅春先生著『新版 詳説 神想観』(日本教文社刊)p.77に戻りますと、『かく祈ることによって、天地の主なる神より生命を与えられ生かされている事実を再認識するのであります。』とありましたが、これが大事ですね。

 親が常に子供や孫の事を忘れることがないのと同様、親様なる神様が“神の子・人間”の事を忘れることはありません。
 祈ること、神想観をすることは、“神の子・人間”が、親様なる大神様に深く深く愛されてあり、無限の智慧、無限の大愛、無限の生命、無限の供給、無限の歓喜、無限の調和を頂いてあることを思い出し、ただただ素直に感謝し、再確認することに他なりません。

『かく、神から生命(いのち)を先延(さきは)え与えられている事実が再認識されましたなら、第二首の歌を念じます。すなわち、我が生くるは我が力で生きているのではなく、今ここに神のいのちが生きているという意味を深く深く念ずるのであります。かくて我が生くるは我が力ならずと自覚できたとき、我が為すは我が業(わざ)でない天地(あめつち)の主なる神の力だという意味において第三首の歌を念じます。そして最後に、天地の主なる神の道を示さんがため神の生命(いのち)が方便身なる大天使としてあらわれ給うた生長の家大神の守護を祈るのが第四首の歌であります。』(p.77)

 招神歌につきましては、谷口雅春先生著『維摩経解釈』(日本教文社刊) にも、次のようにあります。

『招神歌(かみよびうた)なども、ただ咒文(じゅもん)か歌謡曲の一節か位に考えて上の空で誦(とな)えて、少しも其の「生長の家の大神まもりませ」と言うところに切実な他力的な信仰を置かないで自力で「神の生かす力流れ入る……」と念じさえすれば、心理学的法則で健康になる幸福になると頑張っている人がありますが、自力ではついに力足らずに効力を伴はず、中途で挫折してしまうような結果に陥(おちい)る人が多いのであります。』(p.467)

 ここに、信仰とは何か、宗教とは何かの真髄が説かれてありますね。
 自力で自己を高めようとする努力は、それはそれで尊く大切な姿勢ですが、それだけですべてうまくいくかというと、自力だけでは限界があります。
 自力と他力を超えた絶対力の信仰、それが「生長の家」の信仰です。

 なお、 『新版 詳説 神想観』(日本教文社刊)には、 『神想観は「絶対力」である。実相が実相するコトバの大行である』という小見出しで、pp.43-45に「絶対力」についての詳しい説明がありますのでご精読ください。

 今日も、招神歌(かみよびうた)を声高らかに朗唱し、宇宙創造の唯一絶対神にすべてを全托して、素晴らしい一日を出発いたしましょう。

 「生長の家」の座禅的瞑想法である「神想観」の詳しい実修法につきましては、下記の書籍を是非ご参照ください。

生長の家創始者・谷口雅春先生『新版 詳説 神想観』(日本教文社刊)

前生長の家総裁・谷口清超先生『神想観はすばらしい』(日本教文社刊)

生長の家総裁・谷口雅宣先生『生長の家ってどんな教え?』(生長の家刊)

(3)神霊降誕譜

 ところで、11月は生長の家創始者・谷口雅春先生のお誕生月です。
 先生のご生誕に感謝して、『神霊降誕譜(しんれいこうたんふ)』をご紹介いたします。 『新版 生長の家聖歌歌詞』pp.18-19 日本教文社刊)

一、おしえおや うまれたまいし
  よろこびの 此(こ)の日このとき
  かみの子と 生(う)まれしわれら
  みなひとに やどれるかみを
  ひたすらに たたえまつらん。

  私たちは、“神の子”として地上に誕生しました。「人間は神の子である」。これほど、素晴らしい真理はありませんね。全智全能の神様のその愛し児(めぐしご)として、神の大愛を受けて、全能の神のすべてを継承しているのですから、自己の素晴らしさ、天地一切の人の素晴らしさ、大自然の素晴らしさ、大宇宙の素晴らしさに、ただただ感嘆、感謝合掌ですね。

二、さちおおき よろこびのきょう
  よろこびの 此(こ)の日このとき
  かみの子と おしえられにし
  このさちを わかちつたえて
  みなひとに つたえまつらん。

 この“神の子”としての喜びを、全人類にお伝えしましょう!
 すべての人々がこの真理に目覚める時、その人の周囲に天国・極楽浄土が実現し、全世界に恒久平和が実現いたします。

三、おしえおや うまれたまいて
  このせかい すがたかわりぬ
  やみおおき 世界は消えて
  ひかりみつる 此の世浄土と
  うちつどい かみをたたえん。

 「生長の家」が出現したことによって、もう世界は変わっているのです。
 唯神実相の唯一絶対神への深い信仰と感謝、そして神の大愛の実践あるところに、闇は消え、光一元の世界が現出いたします。

四、ひるも夜も 讃歌みちたり
  降(ふ)る星は み空をかざり
  てんごくの とりは囀(さえず)り
  日と月は ともにかがやき
  みなうたう みおやたたえて

 生長の家創始者・谷口雅春先生は、1893年(明治26年)11月22日、兵庫県八部郡烏原村(現在の神戸市兵庫区)にご生誕。この日は、丁度有明の月が西に、太陽が東にと、日と月とがともに輝いていた朝でした。
 先生は、大正3年、早稲田大学英文科を中退、求道生活に入られました。やがて「人間・神の子」善一元の世界、万教帰一の啓示を受けられ、この真理を万人に伝えたいとの悲願の下に個人雑誌「生長の家」誌を昭和5年3月に創刊。以後、同誌の普及に連れ、後に宗教法人「生長の家」に発展しました。1949年6月6日:「ニューソート」系のメンタル・サイエンスより「Doctor of Philosophy, Ph.D.」の称号を授与され、1963年5月15日:「ニューソート」系のリリジャス・サイエンス学院(カリフォルニア州ロサンゼルス)より「Doctor of Humanities」の称号を授与されました。
 昭和60年6月17日、天寿を全うされ、ご昇天。満91歳でした。

 この谷口雅春先生のご生誕と真剣な求道とお悟り、そして先生の全人類光明化の決意と宣布なかりせば今日の「生長の家」の発展はなく、この世界はどのようになっていたか想像も出来ません。

 そして、「生長の家」の法燈は谷口雅春先生から前生長の家総裁・谷口清超先生に、生長の家総裁・谷口雅宣先生へと引き継がれて、「生長の家」は人類の行く手を照らす真理の燈台として、世界的スケールで更にますますその輝きを増しているというわけです。

 生長の家創始者・谷口雅春先生、前生長の家総裁・谷口清超先生、生長の家総裁・谷口雅宣先生の師恩とご指導に、深甚の感謝を捧げます。

            (牧野尚一:H29.11.13)

2017年11月 4日 (土)

人に平和と喜びとを与える神想観

 「生長の家」には座禅的瞑想法で、 「神想観(しんそうかん)」という行法があります。その中に、 「浄円月観(じょうえんげつかん)」という神想観があります。

 生長の家創始者・谷口雅春先生は、そのご著書『新版 詳説 神想観』(日本教文社刊) p.130で、次のように紹介いただいています。

『浄円月観

 この神想観は自分の雰囲気をやわらかく、あたたかく、人に平和と喜びとを与えるような、そういう雰囲気をよくするにふさわしい神想観であります。』

 世界のすべての人々がこの神想観を実修して、相互に祝福し、礼拝し、讃嘆しあう時、たちまち国際平和が実現いたします。

 祈りの言葉は、次の通りです。

『天地一切の創造主(つくりぬし)にましまして、吾が生みの御親にまします神よ、あなたの無限の愛を吾れに流れ入らしめ給いて、吾れに於て愛の霊光燦然と輝き給いて、すべての人々の罪を赦し、すべての人々を愛したまえ。』

『神の無限の愛吾れに流れ入りたまいて吾れに於て愛の霊光燦然と輝きたまう。
 吾れに浄円月(じょうえんげつ)の雰囲気ただよう。吾れに浄円月の雰囲気ただよう。』

『吾が雰囲気は、やわらかく、あたたかく、清く、うるわし。すべての人々に平和と喜びとを与え、すべての人々の罪を赦し、すべての人々を愛するのである。』

 世界平和は、まず「心の世界」で実現してこそ、「形の世界」へと投影して参ります。
 谷口雅春先生は、同じく『新版 詳説 神想観』(日本教文社刊)pp.228-229で、速やかな世界平和実現のための方法として、次のように紹介いただいています。

『世界平和の祈り

 如何に全世界の状態が悲観的に前途不安のように見えようとも吾々は楽観的な人類互いに愛深き楽観的な言葉をのべ合わねばならないのであります。人類相互の楽観的な思想が普及されれば普及される程、すでに天国にあるところの平和なる人類兄弟相愛の世界がより早く実現するのであります。

 何時(いつ)の時代においても、肯定的な愛と光明と人類相愛の言葉を普及するほど必要なことは外にないのであります。それはキリストの愛と、釈迦の慈悲とが教えるところの真理を信ずるところの吾々真理の使徒達が是非とも行なわなければならないところの、最大の急務だと言わなければならないのであります。

 私の選んだ光明思念の簡単な言葉を次に掲げることに致します。

 「神の無限の愛、吾に流れ入り給いて、愛の霊光燦然と輝き給う。その光りいよいよ輝きを増して全地上を覆い給い、すべての人々の心に愛と平和と秩序と中心帰一の真理を満たし給う。」

 また「浄円月観」を行なった後、「神の無限の愛、吾に流れ入り給いて愛の霊光燦然と輝き給い、吾れに浄円月の雰囲気漂う。浄円月の雰囲気いよいよその輝きを益(ま)して全地上を蔽い、全人類をして愛と平和の想いを満たし給う」と繰返し念ずるのが好いのであります。』

 このように、 「浄円月観」を行なった後、 「世界平和の祈り」を実修いたしますと、一層効果があるとご教示いただいています。

 「生長の家」の神想観はどれも素晴らしいですが、世界平和の速やかな実現を願う方々には、ぜひ谷口雅春先生ご推奨の、この「浄円月観」と「世界平和の祈り」をお薦めいたします。

 毎朝晩、実修いたしておりますと、本当に心平和な日々を過ごすことが出来ます。

 「浄円月観」はじめ「神想観」の詳しい実修法につきましては、下記の書籍を是非ご参照ください。

生長の家創始者・谷口雅春先生『新版 詳説 神想観』(日本教文社刊)

前生長の家総裁・谷口清超先生『神想観はすばらしい』(日本教文社刊)

生長の家総裁・谷口雅宣先生『生長の家ってどんな教え?』(生長の家刊)

            (牧野尚一:H29.11.04)

生長の家講習会のご案内

 生長の家の教えとはどのようなものなのか知りたい、学びたいとお考えの方は、是非「生長の家講習会」にご参加ください。全国59会場で2年に1度開催される講習会では、生長の家総裁・谷口雅宣先生、生長の家白鳩会総裁・谷口純子先生のご講話を直接聴くことができます。また、信徒の体験談や聖歌の合唱なども行われて、1日ゆったりと教えを学ぶことができます。

【講習会の予定】

 開催教区以外の方、信徒でない方も自由に参加できます。日時と会場をご確認の上、ぜひご参加ください。

◎2017年11月の予定

5日(日) 山梨県 甲府市 メイン会場 コラニー文化ホール(山梨県立県民文化ホール)
             北杜市 高根会場高根ふれあい交流ホール(八ヶ岳やまびこホール)

12日(日) 岐阜県 多治見市 メイン会場 バロー文化ホール(旧多治見市文化会館)
             岐阜市 岐阜会場 生長の家岐阜養心会館(教化部)
             揖斐郡 西濃会場 池田町中央公民館
             美濃加茂市 中濃会場 美濃加茂市文化会館
             高山市 飛騨会場 高山市民文化会館

26日(日) 宮城県 仙台市 メイン会場 仙台サンプラザホール

※時間はいずれも午前10時〜午後3時です。
※詳細は、最寄りの生長の家教化部へお問い合わせください。

◆講習会テキスト◆

谷口雅春先生『如意自在の生活365章』(日本教文社刊)

谷口雅宣先生『宗教はなぜ都会を離れるか?——世界平和実現のために』(生長の家刊)

            (牧野尚一:H29.11.04)

2017年10月30日 (月)

生長の家総裁・谷口雅宣先生の御挨拶(谷口清超大聖師九年祭)

 平成29年(2017)10月28日(土) 10:00より、“森の中のオフィス”イベントホールにおいて「谷口清超大聖師九年祭」が執り行われました。

 その御祭りでの生長の家総裁・谷口雅宣先生の御挨拶が、先生のブログ『唐松模様』に、 『2017年10月28日(土) 自由で多様な運動を展開しよう』と題してご紹介いただいています。深く感銘いたしました。ありがとうございます。

 以下は、私が最近撮った“森の中のオフィス”の写真です。

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            (牧野尚一:H29.10.30)

2017年10月25日 (水)

魂の悦び

 前生長の家総裁・谷口清超先生には沢山のご著書がありますが、その一冊に『伸びゆく日々の言葉』(日本教文社刊)があります。
  1月1日から12月31日まで、珠玉の真理のお言葉が綴られた366日の箴言集です。(2月29日もあります)

 十月の章は「感動の人生を送る」です。
 「十月二十五日 恩を返すこと」には、次の様にあります。

『この世では「恩返しの生活」が最も素晴しい。何故なら、吾々は皆多くの恩を受けていて、「恩の借金」で首も回らぬくらいだからである。恩は借金と同じように、返さないと、益々利子がかさんで、膨大なものになる。すると吾々の良心は「返さなければならない」という重圧を感じて、苦しく、かつ悩ましいのである。もしあなたが何か明るく伸び伸びと出来ないならば、きっと「恩の借金」を返していないからではないだろうか。父母の恩を返したか? それは「海よりも深く、山よりも高い」と言われる。かじれるだけ脛(すね)をかじって、まだ口をモグモグさせている人々も、まず父母に心からの感謝を捧げることにしよう。』

 ご恩は無限ですから、報恩感謝もまた無限ですね。

 神恩に感謝し、皇恩に感謝し、師恩に感謝し、ご祖先・両親に感謝し、夫婦互いに感謝し、子に孫に感謝し、天地一切の人に・物に・事に感謝し、大自然に感謝し、報恩感謝の日々を過ごしましょう。
 その時、そこに忽ち天国・極楽浄土が実現します。なぜなら神は愛であり、天地一切のものに和解し、感謝した時、そこに神の愛の世界が展開するからです。

 生長の家創始者・谷口雅春先生には、33の神示が天降りましたが、 『大調和の神示』 (昭和六年九月二十七日夜神示)では、神がこのように仰っておられます。

『(前略)われは全(すべ)ての総(すべ)てであるからすべてと和解(わかい)したものの中にのみわれはいる。われは此処(ここ)に見よ、彼処(かしこ)に見よと言うが如くにはいないのである。だからわれは霊媒には憑(かか)らぬ。神を霊媒に招(よ)んでみて神が来ると思ってはならぬ。われを招ばんとすれば天地すべてのものと和解してわれを招べ。われは愛であるから、汝が天地すべてのものと和解したとき其処(そこ)にわれは顕れる。』

  報恩感謝の日々を過ごす時、そこに神の愛が実現していますね。
 なお、「生長の家」の神示につきましては、

・谷口雅春先生著『御守護 神示集』(日本教文社刊)

 に全33の神示が収録されています。
 ぜひ、熟読・味読ください。

 さて、谷口清超先生著『伸びゆく日々の言葉』(日本教文社刊)に戻りますと、
「十月二十六日 魂の悦び」には、次の様にあります。

『人間は死なないのである。道具や乗物はちがっても、どこまでも生き続ける。そして自分の真の力やすばらしさを表現する。それがうまく出来ると嬉しいが、うまく出来ないと悲しかったり、苦しかったりする。それは丁度芸術家が作品に充分力を出せた時嬉しいようなものである。人間の悦びは、それが一番大であり、感覚の喜びは大したことではない。それは肉体を維持するためのオートメーションの働きの一部である。お菓子がおいしいといっても、一時的のもので、お腹が一杯になるともうほしくない。眠いから眠るというのも一時的な快楽で、いつまで眠っても仕方がない。しかし実力や愛を表現する悦びには限りがないのである。』

 『人間は死なないのである。』
  これは本当に根本的な真理です。
 「肉体」は有限です。しかしその奥にある「生命」は無限です。人間の「生命の実の相(すがた)」即ち「生命の実相」は、完全円満、永遠不滅、無限生長、無限創造の存在です。

 これが分かると歓喜勇躍、喜び一杯の毎日が送れますね。まさに魂の感動の人生です。
  生命は無限生長、無限創造の存在ですから、 『実力や愛を表現する悦びには限りがないのである。』とお教えいただいています。

 谷口清超先生には沢山のご著書がありますが、聖歌も沢山お創りくださいました。 『新版 生長の家聖歌歌詞』(日本教文社刊) に収録されていますのでご覧ください。
 その谷口清超先生作詩のお歌に『永遠に』という歌があります。

1.人はどこまでも生き続ける
  死がかりに姿を見せても
  いのちの影がうつろうだけ
  人はどこまでも生き続ける

2.人はどこまでも伸び続ける
  失敗が姿を見せても
  いのちがそこで躍動する
  人はどこまでも伸び続ける

3.人はすべてを愛し続ける
  憎しみが姿を見せても
  愛のひだがそう見えるだけ
  人はすべてを愛し続ける

 人間生命は、神様と同様、永遠不滅であることをお示しいただいてます。
 肉体は、ちょうど宇宙服のようなもので、「生命」が地球環境に適した衣装で地球という舞台で表現するために纏(まと)っている仮の姿で、人間の「生命」本体は神様と同様、永遠不滅、完全円満であるわけです。

 しかもその「生命」は、神様同様、無限生長、無限創造であり、終わりはありません。どこどこまでも伸び続けるのです。

 そして「生命」の本質は、ムスビの心、四無量心の心、無限大愛の心で、ただただ全てを愛し続ける、というわけです。

  谷口清超先生は、大正8年(1919)10月23日、広島市にお生まれになられ、東京大学文学部を卒業。昭和17年(1942)、『生命の實相』にふれて深い信仰体験を得られ、やがて生長の家創始者・谷口雅春先生に師事。
 昭和21年(1946)、谷口雅春先生の長女、谷口恵美子・生長の家前白鳩会総裁とご結婚。以後、生長の家副総裁として日本全国はもとより海外に教えを宣布されました。
 昭和60年(1985)11月、生長の家総裁の法燈を継承。
 平成20年(2008)10月28日、ご逝去(満89歳)。

 平成29年(2017)10月28日(土) 10:00より、“森の中のオフィス”イベントホールにおいて「谷口清超大聖師九年祭」が執り行われます。

 この御祭りでの生長の家総裁・谷口雅宣先生の御挨拶が「ライブ配信」されます。
 谷口雅宣先生の御挨拶の開始予定時刻は、10時55分頃です(前後する場合があります)。

 谷口雅春先生、谷口清超先生、谷口雅宣先生からの数限りない師恩に、深く深く感謝申し上げます。

            (牧野尚一:H29.10.25)

2017年10月24日 (火)

両親に感謝する日々

 先日、家族から誕生日を祝ってもらいました。

 日々健康で過ごせる事に、霊界からお護りくださるご先祖さま、両親にただただ感謝です。

 ところで、いつの間にか両親の逝去した年齢を越えてしまいました。そして両親の事を想う時、自分はいつも幼い頃の自分や、10代・20代・30代の自分に戻っていることに気がつきました。

 これからも日々両親に感謝し、日々若々しく過ごさせていただきます。

                   (牧野尚一:H29.10.24)

2017年10月21日 (土)

祝 皇后陛下お誕生日

 皇后陛下が、10月20日、満83歳のお誕生日をお迎えになられました。心よりお祝い申し上げます。

 「宮内庁ホームページ」で、 「皇后陛下のお誕生日に際しての文書回答とこの一年のご動静(平成29年10月20日)」が拝読できます。その一部を、ご紹介いたします。

『米国,フランスでの政権の交代,英国のEU脱退通告,各地でのテロの頻発など,世界にも事多いこの1年でしたが,こうした中,中満泉さんが国連軍縮担当の上級代表になられたことは,印象深いことでした。「軍縮」という言葉が,最初随分遠い所のものに感じられたのですが,就任以来中満さんが語られていることから、軍縮とは予防のことでもあり,軍縮を狭い意味に閉じ込めず,経済,社会,環境など,もっと統合的視野のうちに捉とらえ,例えば地域の持続的経済発展を助けることで,そこで起こり得る紛争を回避することも「軍縮」の業務の一部であることを教えられ,今後この分野にも関心を寄せていく上での助けになると嬉うれしく思いました。国連難民高等弁務官であった緒方貞子さんの下で,既に多くの現場経験を積まれている中満さんが,これからのお仕事を元気に務めていかれるよう祈っております。』

『今年もノーベル賞の季節となり,日本も関わる二つの賞の発表がありました。
 文学賞は日系の英国人作家イシグロ・カズオさんが受賞され,私がこれまでに読んでいるのは1作のみですが,今も深く記憶に残っているその1作「日の名残り」の作者の受賞を心からお祝いいたします。
 平和賞は,核兵器廃絶国際キャンペーン「ICAN」が受賞しました。核兵器の問題に関し,日本の立場は複雑ですが,本当に長いながい年月にわたる広島,長崎の被爆者たちの努力により,核兵器の非人道性,ひと度使用された場合の恐るべき結果等にようやく世界の目が向けられたことには大きな意義があったと思います。そして,それと共に,日本の被爆者の心が,決して戦いの連鎖を作る「報復」にではなく,常に将来の平和の希求へと向けられてきたことに,世界の目が注がれることを願っています。』

『陛下の御譲位については,多くの人々の議論を経て,この6月9日,国会で特例法が成立しました。長い年月,ひたすら象徴のあるべき姿を求めてここまで歩まれた陛下が,御高齢となられた今,しばらくの安息の日々をお持ちになれるということに計りしれぬ大きな安らぎを覚え,これを可能にして下さった多くの方々に深く感謝しております。』

  毎年、素晴らしいお言葉に接することができまして嬉しい限りです。
 ぜひ全文に目を通されることをお勧めいたします。

 「皇后陛下のお誕生日に際してのご近影(お写真・ビデオ)(平成29年10月20日)」も拝見いたしました。
 天皇・皇后両陛下におかれましては、ご健康にも十分留意されまして、これからもますますお健やかな日々をお過ごしいただきたいと存じます

                (牧野尚一:H29.10.20)

あなたを讃える歌

 前生長の家総裁・谷口清超先生には沢山のご著書がありますが、聖歌も沢山お創りくださいました。 『新版 生長の家聖歌歌詞』(日本教文社刊)に収録されていますのでご覧ください。
 今日は、その中の「あなたを讃える歌」をご紹介します。

一、あなたの中に全てがある
  あなたは人を美しく
  また愛らしくけざやかに
  尽きせぬものを満ちたらし
  作り給うて悦びの
  讃歌を宇宙におおらかに
  歌い給うたおん声が
  私の中に今まさに
  喜びとして今ここに
  甦(よみがえ)り(ああ)あふれ出る

二、あなたの中に無限がある
  あなたはものを美しく
  また整然とけざやかに
  尽きせぬものを満ちたらし
  光り輝く悦ぴの
  讃歌を宇宙に限りなく
  歌い続けるおん声が
  全ての中に今まさに
  悦びとして今ここに
  充ち満ちて(ああ)あふれ出る

  神の創造は、歓喜の内に創造されたことが分かります。
 神は、即ち“歓喜”そのものであり、創造は“歓喜”であり、全宇宙は“歓喜”に充ち満ちている、ということですね。

 神の創りたもうた「神の子・人間」も“歓喜”そのものです。
 なぜなら、神は、
 私の中に今まさに
 喜びとして、今、ここに、おられるからです。

 神は、すべての「神の子・人間」の内にいまし、またあらゆる生物の中に、動植物の中に、鉱物の中にいまし、森羅万象、大自然、地球全体の中にいまし、全宇宙の中にいます。

 神の歓喜のみ声は、すべての「神の子・人間」の内に鳴り響き、またあらゆる生物の中に、動植物の中に、鉱物の中に鳴り響き、森羅万象、大自然、地球全体の中に鳴り響き、全宇宙の中に鳴り響いています。

 その神の歓喜のみ声に感謝し、歓び、唱和し、神の御心を生きるのが人生です。その時、人生は、もはや“神生”となります。
 神の無限の智慧、愛、生命、供給、歓喜、調和に充ち満たされ、歓喜一杯・歓喜満ちあふれる日々となります。
 ただただ、神に報恩感謝讃嘆の日々ですね。

            (牧野尚一:H29.10.21)

2017年10月16日 (月)

「生長の家」の公式HPより

「生長の家 自然の恵みフェスタ 2017」

            (牧野尚一:H29.10.16)

2017年10月13日 (金)

 緑一色だった景色が、徐々に秋の色に変わりつつあります。

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 通勤バスが木の下で止まると、ドングリが落ちてきてしきりにバスの屋根に音がします。

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 その内の一つが、道路ではねて、開いていたドアから車内に飛び込んできました。よほどオフィスで仕事をしたかったのでしょう。机の上に置いておくことにしました。(身長2㎝)

            (牧野尚一:H29.10.13)

「生長の家」の公式HPより

「第48回衆議院選挙に対する生長の家の方針」

「立正佼成会の北朝鮮情勢に対する見解に賛意を表します」

            (牧野尚一:H29.10.13)

2017年10月11日 (水)

堅信歌

 生長の家創始者・谷口雅春先生には沢山のご著書がありますが、聖歌も沢山お創りくださいました。 『新版 生長の家聖歌歌詞』(日本教文社刊)に収録されていますのでご覧ください。
 今日は、その中の「堅信歌」をご紹介します。まず一番は、

一、われは聴(き)くわが内なる声を
 “みひかりを常にもとめて
  わが御手(みて)をしかと握(にぎ)れよ
  安らなれすべて善(よ)ければ
  とこしえに此処極楽に
  なれは今まもられてあり。
  何者か汝(なれ)を奪(うば)わん。
  大(おお)いなる我れ汝(な)を抱(いだ)けば。”

 お気づきのようにこの歌の特徴は、 “”の中は内在の神の御声である、という事です。

 では、内在の神の御声に、耳傾けてみましょう。

 “みひかりを常にもとめて
  わが御手(みて)をしかと握(にぎ)れよ”

 神のみ光を常に求めて、神の御手をしっかりと握りなさい、との御声です。

 谷口雅春先生著『聖経版 真理の吟唱』(日本教文社刊) には、 「神の光を受ける祈り」があり、その冒頭は次のように始まっています。

『私の魂の内には永遠に消えない光が宿っているのである。それは神から来たれる光である。如何なる暗黒なるときにも、その光に照らされて進んで行けば、私たちは決して道に迷うことはないのである。
 その光は愛の光である。智慧の光である。生命の光である。愛が輝き出す時すべての憎しみは消えるのである。智慧が輝き出すとき迷が消えるのでる。生命が輝き出すとき疲労が消え、老衰が消え、病気が消え、死が消えるのである。(以下略)』(pp.16-17)

  ここにも明確に、 「神は光」であり、その神から来たれる永遠に消えない「光」が我が魂の内に輝いている、とあります。

 外に光があるのでしたら、探し求め、追い求めていかなくてはいけませんが、自分の内に、永遠に消えざる「神の光」、即ち「神ご自身」が宿っておられるのですから、これはもう迷いようがありませんね!

 その光は「愛の光」、「智慧の光」、「生命の光」であるとお教えいただいています。

 また『聖経版 真理の吟唱』(日本教文社刊)には、 「内なる光を呼び出す祈り」があり、その冒頭は次のように始まっています。

『神はわが御親にましますのである。神は光であり給う。その光は物質の光ではなく、一切のものを内より照り輝かす光であり給うのである。われは“神の子”である。さればわが生命の内に神の光は宿り給う。神の光はわれを照らし給い、また一切のものを照らし給う。わが行くところ一切の暗黒は消え、光明のみが輝くのである。
 われはこの世界に神の光を与えるために生まれたのである。神の光は、愛の光であり、智慧の光であり、平和の光であり、調和の光であり、悦びの光であり、癒しの光である。われはこの世界に神の愛をもたらし、神の智慧を与え、平和と調和を持ち来し、悲しめる者に歓びを与え、病める者に癒しを与えんがために生まれたのである。(以下略)』(pp.26-30)

『神は光であり給う。その光は物質の光ではなく、一切のものを内より照り輝かす光であり給うのである。』とありますように、「神の光」は物質の光線ではありません。 「一切のものを内より照り輝かす光」です。

  自身が燈台のように、巨大な照明そのもの、光そのものですから、進む毎に光の世界へと変貌して行くのですから、光一元、神一元の世界があるだけですね。

『われはこの世界に神の光を与えるために生まれたのである。神の光は、愛の光であり、智慧の光であり、平和の光であり、調和の光であり、悦びの光であり、癒しの光である。』とあります。

 神の光は、
 愛の光であり、
 智慧の光であり、
 平和の光であり、
 調和の光であり、
 悦びの光であり、
 癒しの光です。

 そして、
  われはこの世界に神の光を与えるために生まれたのである、という訳ですから、素晴らしいですね!
 人間神の子・光の子!

 「神の子・人間」誕生の意義は、まさに神の智慧・愛・生命・供給・歓喜・調和の光を、世界に点ずることにありますね。誠にありがたく、尊い使命です。

 さて、 「堅信歌」に戻りますと、

『安らなれすべて善(よ)ければ
 とこしえに此処極楽に
 なれは今まもられてあり。』

 永遠に、今、此処にある天国・極楽浄土に私たちは住んでおり、神の永遠の護りの中にある、と、神はおっしゃっておられます。
 幼児が、慈父・慈母のみ懐(ふところ)に抱かれてあるように、神のみ護りは、常に完璧です。
 神の御声を聞こうと振り返る時、そこに神の導きがあります。

 二番も同様に、内在の神様からの御声のお歌です。

二、われは聴くわが内なる声を
 “われ常に汝(なれ)をまもれば、
  われ常に汝(な)を導けば、
  何時(いつ)のとき何処(いずち)にあるも、
  汝(な)は完(ま)たく清くけがれず、
  行く道に迷うことなし。
  われは汝(な)の内なる神ぞ
  わが護(まも)り常に完(ま)たし。”

 いつ、どこに居ようとも、神は私と共に、わが内におられるのですから、もう道の迷いようがありませんね。内なる声は、いつ如何なる時でも耳傾ければ聞くことができます。特に、日々「神想観」を実修しておりますと一層鮮明です。日々「神想観」を実修して、神の御声を、内なる御声に耳傾けましょう。

 『われは汝(な)の内なる神ぞ
  わが護(まも)り常に完(ま)たし。』

 「神想観」は、「生長の家」の座禅的瞑想法です。
 その実修法につきましては、下記の書籍をご参照ください。

生長の家創始者・谷口雅春先生『新版 詳説 神想観』(日本教文社刊)

前生長の家総裁・谷口清超先生『神想観はすばらしい』(日本教文社刊)

生長の家総裁・谷口雅宣先生『生長の家ってどんな教え?』(生長の家刊)

 なお、 「生長の家」では、神想観の最後に「世界平和の祈り」を実修いたします。 「世界平和の祈り」は、次のとおりです。

「神の無限の愛、吾に流れ入り給いて、愛の霊光燦然と輝き給う。その光いよいよ輝きを増して全地上を覆い給い、すべての人々の心に愛と平和と秩序と中心帰一の真理を満たし給う。」
 (谷口雅春先生著『新版 詳説 神想観』p.229 日本教文社刊)

            (牧野尚一:H29.10.11)

2017年10月 1日 (日)

感動の人生を送る

 前生長の家総裁・谷口清超先生には沢山のご著書がありますが、その一冊に『伸びゆく日々の言葉』(日本教文社刊)があります。
  1月1日から12月31日まで、珠玉の真理のお言葉が綴られた366日の箴言集です。(2月29日もあります)

 十月の章は「感動の人生を送る」です。

 「十月三日 明るい人々」には、次の様にあります。

『生命は光の中で育ち、闇の中では育たない。何故なら、太陽の光のエネルギーをうけて生命は現象化するからだ。物質や動植物ばかりではなく、人の心も光を失うと生長を損(そこな)う。暗い心の人々はそのいのちを充分に伸すことが出来ない。それ故、常に明るくあれ。明るい心で学習すると、どんどん進歩する。その進歩がまた心の明るさを呼びさまし、進歩の引金を引くのである。「明るくなりたい」のが全ての人々の心情である。それは人間の本質が「明るい」からである。これに反して、「私は暗くなりたい、憂鬱(ゆううつ)に暮らしたい」という人は一人もいない。明るい心は、まさに全ての人間の本来の相であるということが出来るのだ。』(pp.221-222)

 まったくですね。百人が百人、千人が千人、明るく暮らしたいという人がいても、「私は暗くなりたい、憂鬱(ゆううつ)に暮らしたい」という人は一人もいませんね。それは、生命が「光」そのもの、「明るさ」そのものだからですね。

 それに反し、「闇」というのは仮の姿であって実在ではありません。その証拠に、何十億年前からの洞窟の暗闇でも、ロウソクの火一本あれば、たちまち「闇」は消えてしまいます。「闇」とは、「光」の非在、「明るさ」のない状態に過ぎず、確固として実在するものではありません。

 従って、そこに「生命」という「光」を持ってくる時、光明一元の世界が展開します。「生命の実相(ほんとうのすがた)」は、「智慧」「愛」「生命」「供給」「歓喜」「調和」そのものですから、「生命の実相」の開顕するところ、光一元の世界が展開します。

 すべての「生命」は、無限智、無限愛、無限生命、無限供給、無限歓喜、無限調和の「神様」の展開であり、「神様」は大光明そのもの、大光源そのものですから、「生命(いのち)」あるもの、すべて「光」そのものです。

 「十月六日 同じ日は二度と訪れない」には、次の様にあります。

『新しい気持ちで毎日を送ろう。人生には、繰返しがあるようでいて、決して同一の事件は起らず、常に変化する。同じ秋の景色でも、毎年ことなり、日々変化するのである。同じ日は二度と訪れない。それ故その日その日を大切にし、力一杯生きよう。今を完全に生き抜く時、人は満足感にひたるが、ダラダラして懶(なま)けている時は、必ず物足らない気持になり、自分で自分がいやになる。それはいのちを無駄に費やしているような空虚を感じ、自己内在の神性に申し訳なく思うからである。力一杯で今を生き抜き、今に感謝しようではないか。』(pp.223-224)

 日々新生ですね。「神様」は、「生命」は、完全円満、永遠不滅であると同時に、無限生長、無限創造の存在ですから、停止・停滞がなく、日に新たに無限に生長し、創造してゆきます。

 当然、同じ日はなく、同じ繰り返しはなく、ただ生長あるのみです。
 自己内在の「神の声(良心)」を聞き、日々新たに生命一杯に生きる時、生命の歓喜が私たちの心を満たします。

 今日一日、神の智慧を、愛を、生命を精一杯生きましょう。その時、そこに無限供給が出現し、無限の歓喜が湧出し、無限の大調和が実現いたします。

 「十月十日 感動の人生」には、次の様にあります。

『人生は感動しなければうまく動かないものだ。仕方なしにノロノロとやると中々思うように行かない。しかし感動してよろこんでやると、スムースに動きはじめる巨大なマシーンである。それを動かすスイッチなど別についていないが、「心」がそれらを自由自在に動かしてくれる。「この世の中はすばらしい」と思えば、そのように動いてくれるが、さらにそこに「感動」が加わると、ものすごくうまく動き始め、「すばらしい人生」が現われる。もしその途中に「障碍物(しょうがいぶつ)」が出て来ても、おそれたり、たじろいではいけない。「あっ、すばらしいショーガイ!」とさらに感動して、その障碍物を乗り越えて行くことだ。』(p.226)

 その人の周囲の世界は、その人の「心」の反映した世界です。争う心の人の周囲には争いが、感謝の心の人の周囲には感謝が充ち満ちています。これを「生長の家」では、「環境は心の影」と言っています。唯、心の現す所の世界、という事で、「唯心所現(ゆいしんしょげん)」とも言います。

 外の世界が自分を決めるのではなく、自分の「心」が自分の周囲の世界を形造るのです。馬(「心」)が馬車(「運命」)を引くように、「明るい心」をもっていると、「明るい世界」が後ろからついて来ます。「明るい世界」が実現したら自分の心も明るくなる、と思っている人は、馬車を前にして馬を後ろにつないだと同じで、速やかに「明るい世界」を実現することは難しいですね。

 やはり、まず「明るい心」で積極的に周囲に、人生にのぞむ時、「明るい世界」「明るい運命」が実現します。

 このように意識的に「感動」する心をもって「人生」を送る時、神さながらの「感動の人生」が実現いたします。

 ぜひ「明るい心」、「感動の心」で毎日を過ごし、「感動の人生」を堪能いたしましょう!

 このように、 『伸びゆく日々の言葉』には珠玉の真理のお言葉が充ち満ちていますので、ぜひ全文を熟読・味読ください。この書の目次は、以下の通りです。

◎谷口清超先生著『伸びゆく日々の言葉』(日本教文社刊)

【目次】
 いのちは不滅である(1/1〜1/31)
 くにの実相を観る(2/1〜2/29)
 あなたが主人公(3/1〜3/31)
 実相と現象(4/1〜4/30)
 無限に向上する(5/1〜5/31)
 神意を生きる(6/1〜6/30)
 愛の種々相(7/1〜7/31)
 信仰の姿勢(8/1〜8/31)
 自然に恵まれて(9/1〜9/30)
 感動の人生を送る(10/1〜10/31)
 日々最善を尽くす(11/1〜11/30)
 神想観を行う(12/1〜12/31)

  以上です。

            (牧野尚一:H29.10.01)

2017年9月29日 (金)

「自然資本」の考え方

 『日経エコロジー』2017年7月号(日経BP社)が、『広がる「自然資本」経営』という特集を組んでいました。

 「自然資本」につきましては、 生長の家総裁・谷口雅宣先生 が2005年5月に出版されました『足元から平和を』(生長の家刊)で夙にご指導いただいていますので、 「生長の家」ではお馴染みの用語です。

 総裁先生は、 『足元から平和を』の中の『「自然資本」の考え方』(pp.19-25)という小見出しで、 ポール・ホーケン、エイモリ・ロビンス夫妻共著『自然資本の経済』(日本経済新聞社 2001年10月刊)をご紹介しています。同書によれば、資本は四種類あるという事で、総裁先生はこう書かれています。

『まず第一に「人的資本」があります。つまり我々人間の労働力や知恵とか、技術というものが一つの資本である。それから、「金融資本」があります。これは説明する必要はないと思います。そして三番目が「製造資本」です。これは、工場とか、ロボットとか、機械とか、土地とか、そういう製造に関わる資本です。今までの経済学では「資本」といえばこの三つを指していましたが、その三つに新たに「自然資本」を加えるのです。つまり、「人間が開発を行うと資本が生まれる」という考え方ではなく、「人類が手をつけていない自然」そのものにも、資本としての価値が十分ある。言い換えれば「自然そのもの」に価値があると認めることを、この『自然資本の経済』という本は明確に打ち出しているのですね。』(pp.22-23)

   「人的資本」「金融資本」「製造資本」という従来の3つの資本に加えて、新たに4つ目の資本として「自然資本」、「自然そのもの」に価値があると認めているというわけです。
 そして、 「自然資本の経済における四つの原則」について、 総裁先生が次の様に書かれています。

『一番目は、「自然資本の活用」――自然をもっと活用しなければならないということです。分かりやすく言うと、人の手が加わらない自然の価値もそのまま認めて、利用する必要がある。
 二番目は、「資源の生産性を向上させろ」ということです。どういう意味かというと――後で実例をご覧にいれますが――人間は自然の中から何か小さい物 (例えば、金の鉱石) を採る際にも、山を一つ崩したりする。そして、人間が価値を認めたものをそこから取って、その他のものはみな破壊して捨ててしまう。人類は、そのように大量のムダが出るような資源の使い方をしている。ですから、ゴミとして棄てるものが出ないように、「あらゆるものを資源として使っていく」という考え方がないといけないというのです。
 もちろん、「ムダの排除」も必要です。これが三番目の原則です。
 そして、四番目の原則は、「生命システムと人間への再投資」です。これまでの資本主義経済の中では、人間は「生産性の高さ」で価値が認められていた。つまり、仕事が期待通りできない人間は首を切られていたわけです。そうではなくて、生命システム――人間以外の生態系です――も人間も同じだから、これを壊さないで再投資して育てあげていくという態度が必要だというのです。簡単にいうと、「教育による雇用の増進」というわけですね。そういうことを念頭においていれば、これから地球環境と共存した経済活動がまだまだ可能であるというのです。』(pp.23-24)

 「自然資本の経済における四つの原則」は、どれも素晴らしいですね!
 四番目の「生命システムと人間への再投資」、これも「生長の家」の「人間神の子・無限力」の真理、そして無限の可能性を引き出す教育につながる素晴らしい発想ですね!

 「生長の家」では、この「自然資本」の考え方を生かして、2013年7月に生長の家国際本部“森の中のオフィス”を完成させました。
 それまで生長の家国際本部は、東京原宿にありましたが、1954年(昭和29年)に落慶したその建物の老朽化に伴い、建て替えるのではなく、山梨県北杜市に自然と共生・調和したまったく新しい“森の中のオフィス”を建設したのでした。

 なお、原宿の本部跡地ですが、本部会館として利用していた5棟の建物のうち「光明の塔」だけを残して、取り壊した跡地を緑地化し、2015年2月に「生長の家 原宿“いのちの樹林”」として完成し、一般に開放されています。

  さて、 “森の中のオフィス” ですが、インターネットで詳しい説明と紹介がありますので、ぜひご覧ください。

  このサイトに、 「2013年9月4日 “森の中のオフィス”がFSC(R)全体プロジェクト認証を取得」とあります。同認証の取得には、環境に配慮し、適切に管理された森林から切り出された FSC認証材を 50%以上使用することが必要ですが、“森の中のオフィス”では、2,500㎥におよぶカラマツやスギなどの建築用材のうち、山梨県の森林から切り出された FSC認証材を約90%の部分で使用していることが紹介されています。

 また、このFSC(森林管理協議会)全体プロジェクト認証を取得したこと、及び“自然と人とが共生するモデルづくり”として、日本初のゼロエネルギービルを施工したこと、そして地域特性・資源を活かした自然エネルギーの積極活用と、最先端の創エネルギー環境技術を結集により、“CO2排出ゼロ”を実現したこと等が高く評価され、2014年(平成26年)には“森の中のオフィス”(山梨県北杜市)を設計・施工した清水建設株式会社が、第23回地球環境大賞(主催・フジサンケイグループ)の国土交通大臣賞を受賞いたしました。

  ご存知とは思いますが、ここでFSCについて紹介しますと、

《FSC認証》

『FSC(R)(Forest Stewardship Council(R)、森林管理協議会)は、木材を生産する世界の森林と、その森林から切り出された木材の流通や加工のプロセスを認証する国際機関。その認証は、森林の環境保全に配慮し、地域社会の利益にかない、経済的にも継続可能な形で生産された木材に与えられます。このFSCのマークが入った製品を買うことで、消費者は世界の森林保全を間接的に応援できる仕組みです。』

 「自然資本」の考え方に基づき、今や一般企業が積極的に取り組んでいるのですからありがたいことですね。また、 『このFSCのマークが入った製品を買うことで、消費者は世界の森林保全を間接的に応援できる仕組みです。』とありますように、消費者もまた積極的にこのような商品を選んで購入することで世界の森林保全を間接的に応援できますので、心がけたいですね。

 企業も、消費者も、エシカル(ethical:倫理的)な活動と選択が大切ですね。

 『日経エコロジー』2017年7月号の特集、『広がる「自然資本」経営』には次の様にあります。

『生物多様性の取り組みが進化している。
 紙や農産物、水産物を持続可能な方法で調達する企業が急増している。
 コンビニエンスストアの商品棚、レストランのメニュー、自動車のタイヤ、都心部の街に、その変化は表れている。
 背景には、ESG投資家の厳しい目、SDGsの達成、さらには東京五輪の開催がある。
 自然の価値を把握して、経営判断に生かさなければ、長期成長はおぼつかなくなる。』(18p)

 この後、コンビニエンスストアのパッケージ紙等が森林保護の精神から、「FSC」や、「PEFC」等の森林認証を取得してマークがつけられるようになっていることや、マンションでもFSC床下地合板を採用しているケース等の紹介がありました。(pp.18-32)

 このように、着実に、生物多様性、自然資本といった考え方が一般に普及されつつあります。これからも、これらの考え方を積極的に採用して、この美しい地球を次世代へと引き継いで行きたいものです。

 谷口雅宣先生著『足元から平和を』の目次は以下のとおりです。

◎谷口雅宣先生著『足元から平和を』(生長の家刊)

【目次】
 はしがき
 第一章 環境・資源・平和
   1 ムダなものは一つもない
   2 平和のためにできること
   3 万物の背後に“仏”を見る生活
   4 内なる神性・仏性を輝き出そう
   5 “沈む島”が教えるもの
   6 人類の霊的進歩を目指して
   7 自然尊重は平和への道
   8 善は必ず現われる
   9 明るい人生を創造しよう
 第二章 科学と宗教をめぐって
   1 もっと良心を表現しよう
   2 神意に基づいて生きること
   3 “心的真実”を求めて
   4 神と人との“境界”をめぐって

                       以上です。

 ちなみに、わが家にあったFSCマーク商品をご参考に紹介いたしますと・・・

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            (牧野尚一:H29.09.29)

やっぱり秋

 車の中から後ろを見ると、蝶が羽根を休めておりました。

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 やはり秋ですね。

            (牧野尚一:H29.09.29)

2017年9月26日 (火)

ゆっくりと秋

 生長の家国際本部“森の中のオフィス”(山梨県北杜市)も徐々に秋の色です。

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 手すりにトンボ達が羽根を休めておりました。


            (牧野尚一:H29.09.26)

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