2018年2月23日 (金)

祝 皇太子殿下御誕生日

 2月23日は、皇太子殿下満58歳の御誕生日でございます。心よりお祝い申し上げます。

 宮内庁のホームページ「皇太子殿下のお誕生日に際しての記者会見(会見年月日:平成30年2月21日)」が紹介されてあり、深く感銘いたしました。

記者の
「天皇陛下が来年4月30日に退位され,殿下は同年5月1日に即位されることが決まりました。率直な受け止めとともに,皇太子としての残りの期間,どのようなことに重きを置いて過ごされたいとお考えかお聞かせください。退位日が決まった陛下とはどのようなお話をされましたか。」
という質問には、次のように回答されておられました。

『昨年の誕生日会見でもお話ししたとおり,陛下のビデオメッセージを厳粛な思いで拝見いたしましたし,陛下のお考えを真摯に重く受け止めております。また,長きにわたり,両陛下が一つ一つの行事を大切に思われ,真摯に取り組まれるお姿を間近に拝見してまいりましたので,「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」の施行日が決まったことを受け,改めて,両陛下のこれまでの歩みに思いを致すとともに,深い感慨と敬意の念を覚えております。

今後とも,両陛下の御公務に取り組まれる御姿勢やお心構え,なさりようを含め,そのお姿をしっかりと心に刻み,今後私自身が活動していくのに当たって,常に心にとどめ,自己の研鑽に励みつつ,務めに取り組んでまいりたいと思います。

また,昨年は,三條天皇,伏見天皇,後陽成天皇の三方の歴代天皇が崩御されてから,それぞれ,1000年,700年,400年という年に当たり,式年祭が行われた関係で,各天皇の御事蹟を伺う機会があったほか,秋に訪れた醍醐寺では,後奈良天皇を始め,多くの宸翰を拝見することができました。私としては,こうした,過去の天皇が人々と社会を案じつつ歩まれてきた道を振り返る機会も大切にしていきたいと思います。

陛下とは,以前より折に触れ,お考えを伺ったり,あるいはお話し合いをさせていただいております。具体的な内容についてここで述べるのは控えますが,そうした機会は大変有意義なものであり,とても有り難いことと思っております。

昨年は,陛下の名代としてアジア冬季競技大会の開会式に出席しましたが,少しでもお役に立つことがあれば,喜んでできる限りのお手伝いをしてまいりたいと思います。両陛下には,今後とも,くれぐれもお体を大切になさり,末永くお元気でいらっしゃることを心よりお祈りしております。』

次に、
「次代の象徴天皇としての抱負についてお伺いします。殿下はこれまでも「時代に即した新しい公務」についての考えを語られてきましたが,新しい時代の天皇,皇后の在り方をどのようにお考えでしょうか。」
との質問については、次のように回答されておられました。

『象徴天皇,そして,公務の在り方については,これまでも陛下が繰り返し述べられていますように,また,私自身もこの場でお話ししていますように,過去の天皇が歩んでこられた道と,そしてまた,天皇は日本国,そして日本国民統合の象徴であるという憲法の規定に思いを致して,国民と苦楽を共にしながら,国民の幸せを願い,象徴とはどうあるべきか,その望ましい在り方を求め続けるということが大切であると思います。

そして,そのためには,普段の活動の中で,できるだけ多くの人々と接する機会を作ることが大切であると思います。そういう考え方は変わっておりません。陛下がおことばの中で述べられたように,「時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うこと」が大切であり,私も雅子と共に行った被災地視察や地方訪問の折には,なるべく多くの国民の皆さんとお話しができればと思い,これらの機会を大切にしてまいりました。そして,今後とも,そのように心掛けていきたいと思います。

新しい時代の天皇,皇后の在り方ということについては,冒頭にも述べたとおり,両陛下も大事にされてきた皇室の長く続いた伝統を継承しながら,現行憲法で規定されている「象徴」としての天皇の役割をしっかりと果たしていくことが大切だと考えています。そして,象徴としての在り方を求めていく中で,社会の変化に応じた形でそれに対応した務めを考え,行動していくことも,その時代の皇室の役割だと思います。「時代に即した新しい公務」についても,この点を述べたものであり,将来にわたり生じる日本社会の変化に応じて公務に対する社会の要請も変わってくることになると思いますし,そういった社会の新しい要請に応えていくことは大切なことであると考えております。以前,私は,水の問題や環境問題,子どもや高齢者を取り巻く状況などに触れましたが,それらに限らず,今後も,新たな公務に対する社会の要請は出てくると思いますので,そうした公務に真摯に取り組んでまいりたいと思います。

同時に,世界各国との相互理解を深めていくことも大切であると思いますので,文化交流や国際親善の面でもお役に立てればと思います。

こうした考えについては,日頃から雅子とも話し合っており,将来の務めの在り方についても話し合ってきております。』

 新しい御代もまた素晴らしい時代となりますね。

 また、
「この1年を振り返り,印象に残った公務や社会,皇室の出来事についてお聞かせください。」
との質問へのご回答の中に、

『一方で,国際社会に目を向けると,引き続き,先進国,開発途上国を問わず,所得格差の問題や若年層の失業の問題といった課題に直面しています。また,依然として,世界の各地で武力紛争やテロ事件が発生しており,それらも背景に,不幸にして安住の地を離れざるを得なくなった難民・国内避難民等の数は,第二次世界大戦後最大となる約6,560万人に上っていると聞き,大変心が痛みます。すべての人が,民族や宗教といった相違を乗り越え,協力して国際社会の直面する諸課題に取り組み,持続可能な社会の実現を目指すことが,今まで以上に重要になっていると思います。こうした中,昨年,日本にもゆかりのあるカズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞されました。受賞そのものもうれしい知らせでしたが,イシグロ氏が受賞スピーチの中で,民族対立が深まり,社会が敵対する集団に分かれつつある時代において,ノーベル賞は,文学同様,自分たちを分断している壁を越えて,人間として共に戦わねばならないことは何かを思い出させる,と述べた点は,とても示唆に富むものであり,感銘を受けました。』

 殿下の国際平和を願われる深い御心に、重ねて深く感銘いたしました。

 同じく宮内庁のホームページに紹介されています「皇太子殿下のお誕生日に際してのご近影」のビデオやお写真を拝見しますと、ご一家の仲睦まじいご様子、雅子妃殿下のますますお健やかなご様子、そしてこの春には高校2年となられます愛子様のますますお健やかなご成長のご様子をお伺いできまして、大変嬉しく拝見させていただきました。

 天皇皇后両陛下、皇太子殿下ご一家はじめ、ご皇室のますますの弥栄を心より祈念申し上げます。

               (牧野尚一:H30.02.23)

2018年2月21日 (水)

「平和」を築く道

1.目的と手段

 前生長の家総裁・谷口清超先生には沢山のご著書がありますが、その一冊に『伸びゆく日々の言葉』(日本教文社刊)があります。
  1月1日から12月31日まで、珠玉の真理のお言葉が綴られた366日の箴言集です。(2月29日もあります)

 二月の章は「くにの実相を観る」です。

 「二月十七日 目的と手段」には、次の様にあります。

『目的を達成するためには、大略二つの方法がある。一つは正当な手段で、正々堂々と合法的に努める行き方である。もう一つは目的のためには凡(あら)ゆる手段を使う方法である。彼らは目的が善であれば、途中に非合法や不正手段が行われでもかまわないと考える。しかし目的というものは、その終極に於いては「善」であるから、もし途中の手段が悪や非合法であると、この世には暴力やインチキが充満する。後者の方法を採用しているマルクス主義者や過激派が往々にしておかす過ちは、正しい手段を取らない点である。』(pp.52-53)

  正しい「目的」のために、正しい「手段」でそれを実現する、これが「生長の家」の生き方です。
 「平和」を目的にする場合には、「平和」の手段が必要です。
 「道義」の世界を実現するには、「道義」ある手段のみ、真に目的を達成できます。

 簡単なことのようですが、これが一番大切です。
 正しい「目的」実現のためには、正しい「手段」が不可欠です。
 悪いことは止めて、良いことを実践しましょう、というのが「宗教」であり、人としての当たり前の生き方でもあります。

 前生長の家総裁・谷口清超先生は、 『純粋に生きよう』(日本教文社刊) pp.170-172はじめ多数のご著書で、道林禅師の言葉を紹介しておられます。

 唐の白居易(白楽天)がある時、道林禅師のもとに参じて「仏法の大意とは何でしょうか」と問うたそうです。
 すると道林禅師は
「諸悪莫作、衆善奉行」
と答えました。

  「悪をなすな、善をなせ」というわけです。

 これを聞いて白居易は、「それが仏法の極意ですか? そんなことなら三歳の子供でも言えるでしょう」と言ったそうです。
 すると道林禅師は、「三歳の童子は言いえても、八十歳の老翁でも行うことは難しいのだ」と答えらました。
 それを聞いて白居易は礼拝・感謝して去ったということですが、これが仏法の極意ですね。

 正しい「目的」実現のためには、善い「手段」が不可欠です。「目的」達成のためにこそ善が大切で、「手段」を選ばすでは宗教生活ではありません。

2.「平和」を築く道

 では、人類の等しく悲願とするところの「平和」は、どのようにしたら実現することが出来るのでしょうか。

 生長の家創始者・谷口雅春先生は、そのご著書『心と食物と人相と(新版)』(日本教文社刊)の「はしがき」で、次の様にご教示いただいています。

『「平和・平和」と叫びながら、何故人類は、大量殺毅兵器を、競争して製造しつつあるのだろうか。何故、世界の到る所に戦争の叫びが絶えないのだろうか。この現象を、精神分析の大家カール・A・メニンジャー博士は「人類は自己処罰しつつあるのだ」と説明している。何のための自己処罰であるか。それは食用のために、人類は多くの獣類を殺しているからだ。殺した者は“殺し” によって報いられなければならない。現在意識は肉食をとることが習慣性になっているので、それを罪悪だとは思わないけれども、潜在意識の奥の奥には、“良心”という仏性があり、神性があり、審判官がある。その“良心”が立ちあがって、人類を審判し、人類みずからを自己処罰するために、いろいろの病気をつくったり、大量の自己処罰のためには、戦争という一掃的な死刑執行場をくり広げるのである。』(pp.3-4)

 神様の創造された「実相世界」には悪がない、善一元、善独在というのが「生長の家」の教えです。
 従って、不調和はなく、「神と自然と人間が大調和した世界」のみがある、というわけです。

 これを信じ、全ての人、全ての自然、全ての国々を礼拝するが「生長の家」なのです。
 現象、即ち、五官で認識する世界には悪があったり、不完全があるように見えるとおっしゃるかもしれませんが、「現象は(本来)ない」というのが「生長の家」の根本的な教えです。

 以上が「生長の家」の「唯神実相論」(縦の真理)ですが、では「現象」は何のためにあるかというと、「神の子」達の表現の舞台、それが「現象世界」です。
 この「現象世界」は、神の世界がそのまま投影している姿(真象)と、人の心が描き出した迷いの姿(偽象)とが混在しています。
 「生長の家」では、「唯心所現」(横の真理)といいまして、この世界は各自の「心」の現す所の世界と説いています。

 従って、その人の周囲に起こる事象は、実はその人の「心」の反映ということになります。明るい心の人の周囲には明るい世界が開け、暗い心の人の周囲は暗い、ということになります。

 この「心の法則」を、仏教的には「業」といいますね。
  因果報応といって、種をまいたら必ずその報いがある、というわけです。
 良いことをすれば良いことが返ってきて、悪いことをすれば悪いことが返ってくる、というわけです。善い業「善業」もあれば、悪い業「悪業」もあるわけです。

 谷口雅春先生は、
『殺した者は“殺し” によって報いられなければならない。現在意識は肉食をとることが習慣性になっているので、それを罪悪だとは思わないけれども、潜在意識の奥の奥には、“良心”という仏性があり、神性があり、審判官がある。その“良心”が立ちあがって、人類を審判し、人類みずからを自己処罰するために、いろいろの病気をつくったり、大量の自己処罰のためには、戦争という一掃的な死刑執行場をくり広げるのである。』(p.4)

 と、「平和」を妨げている人類の業とは何かを明確にご指摘されています。

 ぜひ、谷口雅春先生著『心と食物と人相と(新版)』(日本教文社刊)を熟読・味読いただいて、「平和」の実現を妨げているものは何か、そして、「平和」実現のために人類は何を選ぶべきかをしっかりと学びましょう。

 『心と食物と人相と(新版)』の一節には、次のようにあります。

『近頃はますます肉食が奨励せられ、肉食を高級食品だというような宣伝が政府筋からも、また民間のマスコミなどからも行われているのは悲しい事である。(中略)こんなことで、全世界に平和がおとずれるなどと考えるのは、途方もない幻想である。第一のものを第一にしなければならないのである。平和を欲するならば、まず自分の心の中に「殺生戒を犯して肉食するのは断じてやめよう」と決心してそれを断じて実行することである。』(pp.124-125)

 「平和」実現という目的のためには、肉食という「手段」はこれと逆行する以上、私たち人類は速やかにこれをやめる必要がありますね。

3.観世音菩薩の説法

  生長の家総裁・谷口雅宣先生は、「平和」実現のために、「肉食を減らす」ことを運動の形にされました。
 谷口雅宣先生著『生長の家ってどんな教え?』(生長の家刊) には、次のようにあります。

『昔から、仏教では「不殺生」ということが戒律の中にありまして、「生あるものは、できるだけ殺さないようにしよう」という態度が教えの基本になっていましたが、今はその戒律を守っている教派もあるし、守っていない教派もあるんです。生長の家でも、立教当初から肉食は勧められていませんでした。しかし、人の家などに行って肉料理を勧められた場合は、その人の愛念を無にしないために、「これは肉を食べるんじゃなくて愛情を頂くのだ」と考えて無下にお断りしない――そういう生き方がよいとされてきました。
 しかし、最近のように各国の経済が豊かになってくると、人々の食生活がどうしても野菜や穀類の消費から肉の消費に替わっていくのです。(中略)
 そういう地球規模の大きな変化が起こっている時に、宗教者として嬉々として肉食をしているのではあまりにもオカシイというので、生長の家では、昔から言っていることに新たな緊急性と意味を加えて、「肉食を減らす」ことをもっときちんと運動の形で展開していこうとしているのであります。』(pp.230-232)

  谷口雅宣先生は、生長の家創始者・谷口雅春先生著『新版 幸福生活論』(日本教文社刊)p.186の次の一節を引用されています。

『殺すと思い、殺されると思って食べるときには、そこに殺生の業も生み、(中略)その業は心がその存在を支えている限り流動し、輪転し、殺生は次の殺生を生み、ついに人類相互の一大殺生なども生むようになるのである。だから現象本来無しとわかるまでは殺生の業はつぎの殺生を生む。人類が肉食をして(換言すれば人類が殺生によって) 生を保つかぎり、人類相互の殺し合いも休むことがない。戦争の根本原因は爰(ここ)にあると考えざるを得ないのである。』

 谷口雅宣先生は、次のように提唱しておられます。

『現象世界の争いの中で最悪のものが戦争です。これにつながる危険性があることは、我々は絶対しないようにしなければならない。平和を実現しまた守るためには、いろいろな方法がありますが、ただ希望して祈っているだけではダメです。自らが何か実行することが必要です。地球環境問題や戦争などの大きな問題は、我々が今までのライフスタイルを変えないでいて、何かが変わると思うのは間違いなんです。なぜかと言えば、この世界は唯心所現の世界だからです。我々の心の総合的な表現として、地球温暖化が現れているのであり、戦争が起こっているのです。「自分は日本の片隅にいるから関係ない」と思っているかもしれないけれども、化石燃料を大量に消費する現在の文明を支えているのが我々です。家畜が食べる穀物を育てるために、石油を原料とする化学肥料が大量に使われます。「他人や他の生物を犠牲にして栄えよう」という我々の心が巡り巡って、こういう問題に結びついている。そういう反省の上から生長の家では肉食の削減に取り組んでいるのです。これ以上に悪業を積まず、むしろ積極的に善業を積んでいく生活の実践として、食生活の変化を考えていただければありがたいです。』(pp.236-237)

 生長の家総裁・谷口雅宣先生のご著書は、「唯神実相」(縦の真理)、「唯心所現」(横の真理)、「万教帰一」等の「生長の家」の真理を分かりやすくお説きいただき、更に「生長の家」の真理を今、生活にどう実践して行くべきかをご教示いただいています。21世紀の人類のあるべき姿を明確に指し示していただいている先生のご著書をぜひ熟読・味読いただいて、 「生長の家」の果たすべき使命に邁進してまいりましょう。以下は、谷口雅宣先生のご著書の一部です。

『今こそ自然から学ぼう――人間至上主義を超えて――』(生長の家刊)

『次世代への決断――宗教者が“脱原発”を決めた理由――』(生長の家刊)

『生長の家ってどんな教え?――問答有用、生長の家講習会』(生長の家刊)

『宗教はなぜ都会を離れるか?――世界平和実現のために――』(生長の家刊)

 最後に、谷口雅宣先生著『今こそ自然から学ぼう――人間至上主義を超えて――』(生長の家刊) の一節をご紹介します。

『人間の一人一人の生き方の中に環境問題との重要な接点を見出し、人間の側の生き方の変革をも迫る考え方を「ディープ・エコロジー (deep ecology) 」と呼ぶことがある。エコロジー (ecology) とは、日本語では「生態学」とか「生態系」とか「環境保護」などと訳されている。(中略)
 一九八〇年代以降に登場したエコロジーでは、しかし人間と自然との関係をもっと深く見つめ直し、人間を自然の一部としてとらえ、自然を支配しようとする人間の態度そのものの中に環境問題の原因を見出したり、人間自身の生き方を変えることで自然との調和ある関係を回復することを目指すような動きが生まれてきた。これは、従来のエコロジーに比べ、より深く問題の本質に迫る考え方であるから、「深い環境保護思想」というような意味でディープ・エコロジーと呼ばれる。また、人間中心主義に対して「生態系中心主義 (ecocentrism) 」あるいは「生命中心主義 (biocentrism) 」などと呼ばれることもある。』(pp.28-29)

 谷口雅宣先生は、生長の家創始者・谷口雅春先生のご著書『聖経版 真理の吟唱』(日本教文社刊)の「観世音菩薩を称(たた)うる祈り」の冒頭部分を引用されています。

『この世界は観世音菩薩の妙智力を示現せる世界であるのである。観世音菩薩とは単なる一人の菩薩の固有名詞ではないのである。それは宇宙に満つる大慈悲であり妙智力であり“心の法則”であるのである。観世音とは世の中の一切衆生の心の音(ひびき)を観じ給いて、それを得度せんがために、衆生の心相応の姿を顕じたまう「観自在の原理」であり、「大慈悲」である。三十三身に身を変じてわれわれを救いたまうとはこの事である。“心の法則”として、衆生の心に従って、その姿をあらわしたまう事その事が大慈悲なのである。
 観世音菩薩は、あらゆる姿とあらわれて私たちに救いの説法を宣示したまうのである。山々のたたずまい、雲の行きかい、風の韻(ひび)き、水の流れ――ことごとく観世音菩薩の慈悲の説法である。心に耳ある者は聴け、心に眼ある者は見よ。(後略)』(pp.43-44)

 このように、自然界は観世音菩薩の慈悲の説法そのものであり、だからこそ、私たちは自然の動植物の姿に感銘し、山々の美しさに心打たれ、雄大な大空と雲の動きに感動してしまいます。

  このご文章の引用の後、谷口雅宣先生は、次の様に書かれています、

『自然界のもろもろの事象を「観世音菩薩の説法」として捉え、そこから教えを学ぼうとしてきた古来日本の宗教的感性は、だからディープ・エコロジーの考え方と軌を一にするのである。否、このような言い方は正確でない。我々は古来からの宗教的感性を犠牲にし、近代化の流れの中で盲目的に“自己拡大”に突き進んできたため、自然を荒廃させ、地球環境が撹乱し、ついにディープ・エコロジーのような考え方に立ち帰る必要性が生じてきたのである。そういう意味から考えると、地球環境問題は、自然界の背後に佇む観世音菩薩の教えの一つである。観世音菩薩は、自らを「暖まる地球」「飢餓に苦しむ人々」「絶滅する生物種」「激化する気候変動」「災害に苦しむ人々」の姿に身を変じて、我々人類に大切な教えを宣示していたまうのである。その教えを学び、実践することが宗教活動でないはずがないのである。』(pp.41-42)

 今、地球温暖化を原因とする自然災害や、原発等の不可逆的な自然への汚染や人々への深刻な被爆問題等は、速やかに「神・自然・人間の大調和」した本来の姿に戻りなさいと言う、観世音菩薩の説法に他なりません。

 「生長の家」が、国際平和実現を目指し、積極的に地球環境問題に取り組んでいるのは、そこに観世音菩薩の説法を読み取っているからに他なりません。

 自然を愛で、自然に感謝しつつ、自然の痛みを取り除くことこそが、21世紀に生きる私たちの喫緊の使命ですね。

               (牧野尚一:H30.02.21)

2018年2月16日 (金)

生長の家講習会のご案内(2月・3月)

 「生長の家」の教えとはどのようなものなのか知りたい、学びたいとお考えの方は、是非「生長の家講習会」にご参加ください。全国59会場で2年に1度開催される講習会では、生長の家総裁・谷口雅宣先生、生長の家白鳩会総裁・谷口純子先生のご講話を直接聴くことができます。また、信徒の体験談や聖歌の合唱なども行われて、1日ゆったりと教えを学ぶことができます。

 開催教区以外の方、信徒でない方も自由に参加できます。日時と会場をご確認の上、ぜひご参加ください。

◆講習会日程◆

◎2018年2月18日(日) 東京

 調布市 メイン会場  生長の家本部練成道場(飛田給)
 府中市 府中会場   生長の家東京第二教化部会館
 所沢市 所沢会場   くすのきホール
 渋谷区 原宿会場   明治神宮会館
 大田区 大田会場   大田区産業プラザPiO
 文京区 新大塚会場 生長の家東京第一教化部会館

※上段3会場については生長の家東京第二教化部へ、下段3会場については生長の家東京第一教化部へお問い合わせください。

◎2018年3月18日(日) 栃木・福島

 宇都宮市 メイン会場  栃木県総合文化センター
 那須塩原市 那須会場 那須塩原市三島ホール
 真岡市 真岡会場    スパリゾートリブマックス
 佐野市 佐野会場    佐野市文化会館 小ホール
 須賀川市 福島会場   須賀川市文化センター

※上段4会場については栃木県教化部へ、 下段1会場については福島県教化部へお問い合わせください。

※時間はいずれも午前10時〜午後2時です。

※詳細は、最寄りの生長の家教化部へお問い合わせください。

◆講習会テキスト◆

 ■谷口雅春先生『如意自在の生活365章』

 ■谷口雅宣先生『宗教はなぜ都会を離れるか?——世界平和実現のために』

            (牧野尚一:H30.02.16)

2018年2月10日 (土)

「生長の家」に入会するには

 「生長の家」に入会するには、以下の「生長の家ホームページ」に詳しく出ています。あなたも、ぜひ「生長の家」へ!

  ・生長の家に入会するには

                 (牧野尚一:H30.02.10)

2018年2月 7日 (水)

ただ善のみを為せ

1.ただ善のみを為せ

 前生長の家総裁・谷口清超先生には沢山のご著書がありますが、その一冊に『伸びゆく日々の言葉』(日本教文社刊)があります。
  1月1日から12月31日まで、珠玉の真理のお言葉が綴られた366日の箴言集です。(2月29日もあります)

 二月の章は「くにの実相を観る」です。

 「二月八日 ただ善のみを為せ」には、次の様にあります。

『神は悪を作り給わない。善のみが実在する。それ故、人を傷つけたり、奪ったり、恨んだり、呪(のろ)ったりするような思いは、全て神意に反するから、実在しない。実在しないものは無いのである。ただ仮に現実界にあるように見えているだけであるから、それに引っかかるな。人でも国家でも、ただ善のみを為せばよいのだ。それで必ず幸せになり、豊かになる。国家が繁栄するのも、これだけでよい。それ故、他国が悪いといって恨んだり、某々国を憎んだりする必要は全くないのである。』(pp.46-47)

  これが「生長の家」の唯神実相観です。
 神様の創造された「実相世界」には悪がない、善一元、善独在という教えです。
 従って、不調和がなく、「神と自然と人間が大調和した世界」のみがある、という訳です。

 これを信じ、全ての人、全ての自然、全ての国々を礼拝するが「生長の家」なのです。
 現象、即ち、五官で認識する世界には悪があったり、不完全があるように見えるとおっしゃるかもしれませんが、「現象はない」というのが「生長の家」の教えです。

 「夢」をご覧になるでしょうが、目が覚めれば消えてしまいます。現象は夢と同じで、人が勝手に描いているだけで、「実在」するものではありません。

 生長の家創始者・谷口雅春先生も、そのご著書『聖経版 真理の吟唱』(日本教文社刊)の「金剛不壊の真身を自覚する祈り」に、こう書かれています。

『神は唯一の実在であり給う。神は唯一の創造主にてあり給う。神は善にてありたまう。善なるものより、悪なるものは生ずることはあり得ないのである。それゆえに神の造りたまうた一切の存在は善なのである。一切は善であるから、悪なるものの存在はないのである。病いは悪であるから存在しないのである。罪は悪であるから存在しないのである。一切の悪因縁および悪業は存在しないのである。もし一切の悪因縁および悪業が存在するかのように見えるならば、それは夢にすぎないのである。もし病いや老衰や貧乏や不幸が存在するかのように見えるならば、それは幻にすぎないのである。夢よ覚めよ、幻よ消えよ。すでに真理の光はあなたの心に射し来って夢は覚め、幻は消えたのである。夢が覚め幻が消え、あとに残るものは神の造り給うた本当の完全にして善なる実在だけなのである。(以下略)』(pp.283-284)

  神様は、無限の智慧、無限の愛、無限の生命、無限の供給、無限の歓喜、無限の調和であり、「真」そのもの、「善」そのもの、「美」そのものです。

 それゆえに、これ以外のものは、本来“無い”という訳です。
 現象がある、不完全があると思い込んでいる“夢”から醒めたら、そこに真一元、善一元、美一元の世界のみ独在していることが分かります。

2.善一元の世界の独在

 谷口雅春先生『聖経版 真理の吟唱』(日本教文社刊)の「地上に天国を成就する祈り」にも、こう書かれています。

『(前略)進歩、向上、前進、発達……神の無限内容は自分を通して実現すべく約束されているのである。神は無限の善であり給う。神は普遍であり給う。それゆえに善は普遍であり、到る処(ところ)に善は充ち満ちているのである。到る処に善が充ち満ちているから、反対のもの二つは同時同処に存在することはできないのであるから“悪”は決して存在しないのである。神の“善”はわが内に在り、われを取り巻いて到る処に“善”は存在するのであるから、私たちは実際に“悪”に触れることはできないのである。すなわち“悪”は存在しないのであって、ただそれは観る人の錯覚にすぎないのである。“悪”と見えるものは、実は、自分の心の投影によって賦彩(ふさい)されたる影であって、あたかも地上から地球自身の影を見て月が蝕(しょく)していると見るようなものである。』(p.309)

  人は「神の子」であり、完全円満、永遠不滅、無限生長、無限創造の存在です。
 それは、「神様」が完全円満、永遠不滅、無限生長、無限創造のご存在だからに他なりません。

 従って、神様の創造された「実相世界」には悪がなく、善一元、善独在の世界です。不調和などありえず、「神と自然と人間が大調和した世界」のみがある、という訳です。

『宇宙全体は、“善”なる神の生命と愛と歓喜とに満たされているのである。神は私たちに歓びの生命を与え給うたのである。それゆえに私たちの心の内には、神を称える歓びの讃美の声が、大濤(おおなみ)のように湧き起ってくるのである。
  歓びの満つるところに不平はないのである。そこにはただ感謝のみがあるのである。感謝のあるところに、神と心の波長が合い、神があらわれるのである。神があらわるれば、すなわち“善”があらわれ、義があらわれ、調和おのずから実現し、地上に天国浄土が建立されるのである。この事を神に感謝いたします。』(pp.301-310)

 「宇宙全体が“善”なる神の生命と愛と歓喜とに満たされている」(!)
 これが「生長の家」の根本的真理です。ここに立つとき、すべてが明らかとなります。
 神は私たちに「愛」と「歓び」の生命を与え給うたのですから、私たちの心の内には、ただ「愛なる神」を称える「歓び」の讃美の声のみが、大濤(おおなみ)のように湧き起っています。

  「歓び」のあるところ不平はなく、そこにはただ「感謝」のみがあります。
 「感謝」のあるところに、神と心の波長が合い、神があらわれます。
 すなわち、神があらわるれば、「善」があらわれ、「義」があらわれ、「調和」おのずから実現し、《地上に天国浄土が建立される》のです。

 「悪はない」
 素晴らしい真理ですね!
 ただ、「善」のみを実行いたしましょう。
 ただただ、全ての人、全ての自然、全ての国々を礼拝いたしましょう。

 生長の家総裁・谷口雅宣先生のご著書は、この深遠な「生長の家」の真理を分かりやすくお説きいただき、更に「生長の家」の真理を生活に今どう実践して行くべきかをご教示いただいています。21世紀の人類のあるべき姿を明確に指し示していただいている先生のご著書をぜひ熟読・味読いただいて、 「生長の家」の果たすべき使命に邁進してまいりましょう。

『今こそ自然から学ぼう――人間至上主義を超えて――』(生長の家刊)

『次世代への決断――宗教者が“脱原発”を決めた理由――』(生長の家刊)

『生長の家ってどんな教え?――問答有用、生長の家講習会』(生長の家刊)

『宗教はなぜ都会を離れるか?――世界平和実現のために――』(生長の家刊)

               (牧野尚一:H30.02.07)

2018年1月27日 (土)

地球は生きている

1.他者を思いやる心

 『ナショナル ジオグラフィック<日本版>2018年1月号』(制作:日経BPコンサルティング)には、次の様にありました。

『2018年は鳥に注目
 米議会は1918年、カナダと締結した条約に基づき、渡り鳥保護条約を承認した。この法律の制定100周年を記念して、ナショナルジオグラフィツクは全米オーデュボン協会、バードライフ・インターナショナル、コーネル大学鳥類学研究所の協力のもと、2018年を「鳥の年」と宣言。1年を通じて鳥をテーマにした記事をお届けする。』(p.44)

 この号では、早速沢山の美しい鳥たちの写真が紹介されていました。
 また、 『鳥はなぜ大切なのか?』と題して、作家のジヨナサン・フランゼン(Jonathan Franzen)氏が次の様に書いています。

『鳥は見た目こそ人間と似ても似つかないが、見方によってはほかの哺乳類よりも人間に近い。手の込んだマイホームを作ってそこで子育てするし、冬には温暖な地域で過ごす。・・・そして、世界を歌声で満たすのも、鳥と人間だけだ。・・・その一方で鳥は、人間がやりたくても夢の中でしかできない芸当を軽々とやってのける。言うまでもなく、それは空を飛ぶこと。・・・
 ただし人間にあって、鳥にない重要な能力が一つある。環境を制御する能力だ。鳥は湿地を保全できないし、漁場を管理することもできない。頼りになるのは、人類が出現する1億5000万年も前からの進化で獲得した本能と身体能力だけだ。ところが今、人類が地球環境を急速に改変し、鳥の進化がそれに追いつかなくなっている。カラスやカモメはごみ捨て場で、コマツグミやヒヨドリは都市の公園で食べ物をあさって増えるかもしれないが、ほかの大半の鳥の未来は人間が保護に本腰を入れるかどうかにかかっている。』(pp.46-49)

『ただし人間にあって、鳥にない重要な能力が一つある。環境を制御する能力だ。鳥は湿地を保全できないし、漁場を管理することもできない。』とありますが、これは鳥に限らず、動植物のすべてに言えることですね。即ち、人間のみが、自由に(勝手に?)に環境を制御したり、大規模に改悪する力も持っている、ということになります。人間にとって都合の良いように自然を改変して来たのが人類の歴史ですから、人類にはそれだけの力がある以上、その行使には慎重さが求められますね。必要以上に人類優先になって、他の生物を傷つけてはいないか、生物多様性を圧迫していないか、常に顧みて最善の道を選ぶ義務がありますね。

2.地球は生きている

  動植物が神の生命の顕れであると同様、実は地球そのものが神の生命の顕れです。

 生長の家創始者・谷口雅春先生のご著書『新講「甘露の法雨」解釋』(日本教文社刊)には、次のように書かれています。小見出しは、 「地球は生きている」です。(pp.39-40)

『地球が生きているなどと言いますと、唯物論的科学者は反対して地球を単なる鉱物の塊のように考えますが、地球が生きているということは、まことに大切な事であります。』

 唯物的に地球や動植物を見る限り、神の“生命”はわかりませんね。

『神道的名称で言いますと、地球の生命というものは国常立命(くにとこたちのみこと)の生命であるという事になるのであります。国常立命の〝国〟は、広義に説けば「宇宙」の事であり、狭義に説けば地球の事であります。この宇宙を、この地球を、常に――永遠に――立たしめている生命、地球をかくの如き姿にあらしめている知性――魂――というのが、国常立命様であります。』

 日本では、古来からすべての背後に“神の生命”を観るという良き伝統がありました。近代に入って、これが曇って来たようです。

『そうしますと、地球というのは国常立命様の生きたおん体であるという事になる。それですから吾々は大地を拝まなければならないという事になるのでありまして、地球も生きている――これは科学者よりも詩人の方がよく知っているのであり、「大地は踊る」とか、「地球は歌う」とかいって詩人は詩を作る。同じものでも、その人の見る心の相違によって地球は単なる鉱物に見えたり、また生きた神に見えたりする。どちらも本当である。ともかく、吾々は詩人の心になって地球を見る時、地球は生きているのであるという事がわかるのであります。』

 「生長の家」が、地球環境問題に真剣に取り組んでいるのは、「地球は生きている」、「地球は、宇宙は神の生命の顕れ」と知っているからに他なりません。

3.自然から学ぼう

 私たち人類は自然からの恵みによって生かされ、育(はぐく)まれています。
 私たち人類はまだまだ自然から多くのことを学ぶ必要があります。

 しかし、大多数の人々は自然エネルギーを活用せずに化石燃料に頼り過ぎて地球温暖化を促進させ、放射性廃棄物の処理方法が見つからないままに原子力エネルギーを利用するという最悪の選択をまだ修正していません。今こそ、次世代のためにも大きく舵を変えるべき決断の時ですね。

 もう一度、人類は自然との共生を考える必要があります。「神・自然・人間の大調和した世界」こそが、神の創造された本当の世界(実相世界)です。その神の世界を地上に投影させるためには、私たちの生活そのものをもう一度見直す必要があります。

 生長の家総裁・谷口雅宣先生の以下のご著書は、21世紀の人類のあるべき姿を指し示す重要な指針となっています。ぜひ、熟読・味読いただいて、母なる大地、美しい地球を次世代へと継承してゆきましょう。

『今こそ自然から学ぼう――人間至上主義を超えて――』(生長の家刊)

『次世代への決断――宗教者が“脱原発”を決めた理由――』(生長の家刊)

『生長の家ってどんな教え?――問答有用、生長の家講習会』(生長の家刊)

『宗教はなぜ都会を離れるか?――世界平和実現のために――』(生長の家刊)

                 (牧野尚一:H30.01.27)

2018年1月26日 (金)

天地一切に感謝と奉仕

1.天地一切に感謝と奉仕

 生長の家創始者・谷口雅春先生には沢山のご著書がありますが、その一冊に『光明法語<道の巻>』(日本教文社刊)というご本があります。

  1月1日から12月31日まで、珠玉の真理のお言葉が綴られた366日の箴言集です。(2月29日もあります)

 一月の法語は「神霊に導かれて」です。

 「一月二十七の法語 一切に感謝せよ、奉仕せよ」には、次の様にあります。

『この世の中には宿命というものもなければ僥倖(ぎょうこう)というものもないのである。吾々の成功は吾々の心の産物である。吾々の失敗も又吾々の心の産物である。吾が能力を如何(いか)に見るかその程度に従ってその人は成功するのである。吾如何ほどに人々に深切をつくすかその程度に従ってその人は成功するのである。吾如何ほどに人々を拝むかその程度に従ってその人は成功するのである。吾如何ほどに人に感謝するかその程度に従ってその人は成功するのである。あらゆる成功の鍵はあなたの心の掌中(しょうちゅう)にあるのである。』

 「生長の家」の生き方とは、まさに「感謝」と「奉仕(深切をつくす)」です。
 「天地一切のものに感謝」し、「天地一切のものに奉仕」する。
 この「感謝」の心と「奉仕」の実践が、あなたを幸福にし、運命を好転させ、そして世界に平和をもたらす道ですね。
 「道は近きにあり」とは孟子の言葉ですが、難しいことではありませんが、実践が大事ですね。

 「生長の家」では33の神示があり、 「七つの燈台の点燈者の神示」と総称されて谷口雅春先生著『御守護 神示集』(日本教文社刊)に収められています。
 その代表的な神示の一つが「大調和の神示」(昭和六年九月二十七日夜神示)です。

 神示の冒頭に
『汝ら天地一切のものと和解せよ。天地一切のものとの和解が成立するとき、天地一切のものは汝の味方である。天地一切のものが汝の味方となるとき、天地の万物何物も汝を害することは出来ぬ。汝が何物かに傷つけられたり黴菌や悪霊に冒されたりするのは汝が天地一切のものと和解していない証拠であるから省みて和解せよ。』
とあります。

 まず「天地一切のもの」との「和解」が大事です。

 続いて、
『われ嘗て神の祭壇の前に供物を献ぐるとき、先づ汝の兄弟と和せよと教えたのはこの意味である。汝らの兄弟のうち最も大なる者は汝らの父母である。神に感謝しても父母に感謝し得ない者は神の心にかなわぬ。』
とあります。

 両親は、神の愛の顕れですから、神に感謝すると共に、父母(両親)に、そのまた両親(ご先祖)に感謝することが大事であるとお教えいただいています。

『天地万物と和解せよとは、天地万物に感謝せよとの意味である。本当の和解は互いに怺え合ったり、我慢し合ったりするのでは得られぬ。怺えたり我慢しているのでは心の奥底で和解していぬ。感謝し合ったとき本当の和解が成立する。』

 「和解」とは、「感謝」することだとお教えいただいています。
 「感謝」がすべてのすべてですね。

『神に感謝しても天地万物に感謝せぬものは天地万物と和解が成立せぬ。天地万物との和解が成立せねば、神は助けとうても、争いの念波は神の救いの念波を能う受けぬ。皇恩に感謝せよ。汝の父母に感謝せよ。汝の夫又は妻に感謝せよ。汝の子に感謝せよ。汝の召使に感謝せよ。一切の人々に感謝せよ。天地の万物に感謝せよ。』

 『天地の万物に感謝』したときはじめて神様と波長が合いますから、人類相互の感謝は勿論ですが、生物、鉱物、大自然、大宇宙、天地のすべてに「感謝」が大切ですね。
 「神・自然・人間の大調和」が大切だと「生長の家」では説いています。

『その感謝の念の中にこそ汝はわが姿を見、わが救を受けるであろう。われは全ての総てであるからすべてと和解したものの中にのみわれはいる。われは此処に見よ、彼処に見よと言うが如くにはいないのである。だからわれは霊媒には憑らぬ。神を霊媒に招んでみて神が来ると思ってはならぬ。われを招ばんとすれば天地すべてのものと和解してわれを招べ。われは愛であるから、汝が天地すべてのものと和解したとき其処にわれは顕れる。』

 ここにも大切な素晴らしい真理が説かれています。

『われ(神)は愛であるから、汝が天地すべてのものと和解したとき其処にわれは顕れる。』

 と神様がおっしゃっておられます。

 「宇宙創造の唯一絶対神」といいますと、まるで人と隔絶した遠い存在や、偉大すぎて近づきがたい存在かと錯覚しがちですが、実は私たちはその大神様の愛し児(めぐしご)「神の子」ですから、親子の関係にあるのです。しかも「神は愛なり」で、「神」は「無限の大愛」そのものでいらっしゃいますので、私たちが父母を愛し、父母に愛されていると同様に、「神様」を愛し、「神様」に愛され、「神」と「神の子」とは深い深い愛によって結ばれているわけです。

 従って、私たち「神の子・人間」が、神さながらに天地一切を愛し感謝し、深切をつくしたとき、そこの「神」の「愛」の世界が成就します。即ち『天地すべてのものと和解したとき其処にわれ(神)は顕れる。』というわけです。

 天地のすべてのものと和解し合い、感謝し合っているその世界は、まさに「実相世界」に成れる「神・自然・人間の大調和の世界」、神の愛の世界がそのまま地上に投影している、というわけです。

 「感謝」は、まず「心」に唱え、「言葉(コトバ)」で伝え、愛を行動で表す(奉仕した)とき、身・口・意の三業(行)が揃うことになります。

 「生長の家」の練成会に参加しますと、「感謝行」の時間があります。
 初めて練成会に参加した人は、「感謝行って何だろう?」と思う人が多いのですが、端的に言えば「お掃除」です。講堂を掃いたり、廊下を拭いたり、トイレを掃除したり。それも「ありがとうございます。ありがとうございます。」と感謝のコトバを唱えながら、誠心込めて、丁寧に行います。

 この「感謝行」を通して、「感謝」の心と「奉仕」の実践を身につけるというわけです。
 その時、そこに神の大調和の世界が実現しているというわけです。

2.日時計主義の実践

 一切に「感謝」が大切だと分かっても、良い点が見つからないときにはどうしたら良いでしょう。

 一切の人も、自然も、宇宙も、すべては「大生命(神)」の顕れですから、存在の意義があり、必ず「美点」があるのです。
 その良い点を見つめ、讃えておりますと、本来の姿(実相)が見えてまいります。
 このような生き方を、 「生長の家」では「日時計主義の生き方」と名付けています。

 日時計は、陽が射しているときだけ時刻を記録します。そのように、明るいことだけを心に刻み、美点だけを見つめる光明一元の生き方を「日時計主義」というわけです。

 詳しい説明は、 生長の家総裁・谷口雅宣先生『日時計主義とは何か?』(生長の家刊)をお読みください。

  これを毎日実践するには、毎日『日時計日記』をつけることをお勧めします。
 生長の家白鳩会総裁・谷口純子先生は毎年『日時計日記』を監修されて出版いただいています。
 私も、毎日この日記をつけることが楽しみで、この日記のお蔭で様々な希望が速やかに成就しています。心で描いたものが実現する、そして“コトバの力”で良いコトバを使うとコトバ通りに良い事が実現するというという「生長の家」の“心の法則”が、この『日時計日記』をつけることで体感されます。

 まだ『日時計日記』を書いておられない皆様は、この新年がチャンス!
 ぜひお勧めいたします!

3.「四無量心」の実践

 「大調和の神示」で、「感謝」と「奉仕」の心が大切であることを学びましたが、「奉仕」の心、即ち「愛」の心を、仏教的には「慈」「悲」「喜」「捨」の四つの心、「四無量心」と申します。
 「慈」は「抜苦」、「非」は「与楽」、「喜」は人の喜びを共に喜ぶ、「捨」は執着を放って相手を自由にすることです。

 「生長の家」では、実相世界に心の波長を合わせ、神の御心を吾が心として私たちの周囲に地上天国・極楽浄土を顕現する「生長の家」の座禅的瞑想法である「神想観」の実修をお勧めしています。詳しい実修法につきましては、下記の書籍を是非ご参照ください。

生長の家創始者・谷口雅春先生『新版 詳説 神想観』(日本教文社刊)

前生長の家総裁・谷口清超先生『神想観はすばらしい』(日本教文社刊)

生長の家総裁・谷口雅宣先生『生長の家ってどんな教え?』(生長の家刊)

 その「神想観」の一つに「四無量心を行ずる神想観」があります。
 生長の家総裁・谷口雅宣先生、生長の家白鳩会・谷口純子先生共著『“森の中”へ行く』(生長の家刊)の『第六章 講演録「自然界に“四無量心”を行じる』では、谷口雅宣先生が「四無量心を行ずる神想観」の新バージョンをご紹介いただいています。

 『谷口雅春先生のオリジナルは、主として人類を対象にしたものですが、この部分は全く変えないで“二番 を作ったわけです。』(p.204)

 この書の巻末にはその「四無量心を行ずる神想観」の全文(pp.219-222)が収録されています。

===================================

四無量心を行ずる神想観

 われ今五官の世界を去って実相の世界に入る。
 神の無限の智慧の海、神の無限の智慧の海、神の無限の智慧の海……
 神の無限の愛の海、神の無限の愛の海、神の無限の愛の海……
 神の無限の生命の海、神の無限の生命の海、神の無限の生命の海……
 神の無限の供給の海、神の無限の供給の海、神の無限の供給の海……
 神の無限の悦びの海、神の無限の悦びの海、神の無限の悦びの海……
 神の無限の調和の海、神の無限の調和の海、神の無限の調和の海……

 (この最初の基本部分に続いて、次のように唱えます)

 わが心、神の無限の愛、仏の四無量心と一体にして、虚空に広がり宇宙に満ち、すべての衆生をみそなわして、その苦しみを除き、悩みを和らげ、楽を与え、喜びを与えんと欲するのである。

 わが心、神の無限の愛、仏の四無量心と一体にして、さらに虚空に広がり宇宙に満ち、地球のすべての生命と鉱物の一切を見そなわして、その苦しみを除き、楽を与え、多様性を護り、喜びを与えんと欲するのである。

 (これらの二つの言葉を繰り返して念じた後で、次のように唱えます)

 一切衆生の苦しみは除かれ、悩みは和らげられ、楽は与えられ、喜びは与えられたのである。ありがとうございます。ありがとうございます。

 すでに、地球のすべての生命の苦しみは除かれ、楽は与えられ、多様性は護られ、喜びは与えられたのである。ありがとうございます。ありがとうございます。

===================================

 この「神の無限の智慧の海、神の無限の愛の海、神の無限の生命の海、神の無限の供給の海、神の無限の悦びの海、神の無限の調和の海」と讃えられている「実相世界」が、即ちわが内なる龍宮城であり、キリストの説く「神の国」、法華経の説く天人常に充満し、宝樹華果(ほうじゅけか)多くして衆生遊楽(ゆらく)する世界です。

 大変素晴らしい神想観で、私は毎朝、 「四無量心を行ずる神想観」を実修させていただいています。

 遠くの手の届かない所に「神の国」や「天国」、「仏国土」があるのではありません。また深海の奥底に「龍宮城」があるのでもありません。
 それは、今、まさに、ここに、在るのです。
 しかし、人間の五官(目、耳、鼻、皮膚、口)の感覚器官ではそれは認識できません。目は紫外線も赤外線も認識できないと同様に、今、ここに在る、「実相世界」も認識できません。

 がしかし、人間は「神の子」ですから、 「神想観」の実修によって、「龍宮城」が、「神の国」や「天国」が、「仏国土」が今、ここに在ると認識できます。
 そして、神の導き(良心の声)のままに生きる時、たちまちあなたの周囲に「神の国」が現成いたします。

 日々、
 (1) 「神想観」を実修し(観行)

 (2) 「生長の家」の聖典・書籍を拝読して、心の中を真理の言葉で満たし、
   『日時計日記』をつけて心と言葉で「感謝」の言葉を誦え(誦行)

 (3) 愛(四無量心)の心で深切をつくし「奉仕」する(愛行)

 の三つを実践いたしましょう。

                 (牧野尚一:H30.01.26)

2018年1月17日 (水)

実相を観ずる歌

 生長の家創始者・谷口雅春先生には沢山のご著書がありますが、聖歌も沢山創られました。

 『新版 生長の家聖歌歌詞』(生長の家本部編・日本教文社刊)の冒頭に収録されています「実相を観ずる歌」(pp.6-8)をご紹介します。

1.天地(あめつち)の創造主(つくりぬし)は、唯一つの神

 歌詞の一番は、以下のとおりです。

 実相を観ずる歌      谷口雅春・作詞

一、神はすべてのすべて、
  神は完(また)き生命(いのち)、
  神は完き叡智(みちえ)、
  神は完き聖愛(みあい)。

  すべてものものの内に、
  神の生命は生(い)くる、
  神の叡智は生くる、
  神の聖愛は生くる。

  神はすべてにして、
  すべて一体(ひとつ)なれば、
  よろずもの皆共通(ひとつ)の
  ちから是(これ)を生かせり。

  天地(あめつち)の創造主(つくりぬし)は、
  唯一つの神にませば、
  天地はただ一つに、
  いと妙(たえ)に調和満(み)つる。

  吾れ坐す妙々実相世界
  吾身は金剛実相神の子
  万(よろ)ず円満大調和
  光明遍昭(こうみょうへんじょう)実相世界(じっそうせかい)。


『天地(あめつち)の創造主(つくりぬし)は、
 唯一つの神にませば、
 天地はただ一つに、
 いと妙(たえ)に調和満(み)つる。』
とあります。

 ここが「生長の家」の唯神実相観の核心です。

 実相宇宙創造の神は、ただ一つの神である。
 それゆえ一切の対立がなく、実相世界は大調和の妙なる世界である。
 というわけです。

 様々な神名や仏の名を目にすると、神や仏はこんなにいるのかと不思議に思う人もいるかもしれません。

 分かりやすい喩えで申しますと、ここにAさんという人が演壇でお話ししているとします。すると身振り手振りも交えてAさんの口からは素晴らしい言葉が述べられたとします。
 ある人は、その言葉に感動して、あの「口」は素晴らしい!と讃えるかもしれません。ある人は、その手振り身振りに共感して、あの「手」は素晴らしい!と感動するかもしれません。そしてその口の働き、手の働きに神名や仏の名前をつけて讃えたとします。

 実は口の動きも手の動きも、すべて「唯一絶対神」の口の働き、手の働きなのですが、口の動きや手の働きにだけに注目して限定すると、何か独立した神や仏が別に存在すると錯覚しがちですが、実は、

『天地(あめつち)の創造主(つくりぬし)は、
 唯一つの神にませば、
 天地はただ一つに、
 いと妙(たえ)に調和満(み)つる。』

なのです。

 「一即多」「多即一」の霊妙な真理の奥義がここにありますね。

 これが分かると、個々の神名や仏の名前での対立がなくなります。
 神名や仏名にとらわれることなく、すべてを礼拝しつつ、実は「唯一絶対神」が独在して、すべては「唯一絶対神」のお働きであることが分かります。

 「唯一絶対神」の名称、呼称も同様です。世界各国各地の歴史的な経緯や文化的な違いから様々な名称がつけられていても、実は同一のご存在です。
 このことを、 「生長の家」では「万教帰一」と言って、すべての宗教は礼拝の形式等は異なって見えますが、真理そのものは「唯一つの神」を光源として世界を照らしている同じ教えと説明しています。

 生長の家創始者・谷口雅春先生著『善と福との実現(新版)』(日本教文社刊)の元々の初版は、昭和23年12月20日でした。
 『第十章 生長の家の神は「根本中」也』の本文は、次のように書き出されています。

『戦後吾等が得た恵福は、国民が信教の自由と言論の自由とを恢復(かいふく)し得た事である。されば私は今後方便に偏せず、真実を説くことが出来る事になり、愈々真理開顕のときが来たのである。』(p.223)

 言論の自由が阻まれていた戦時体制下の制約を解かれ、誰に憚ることなく自由に真理を説ける時期が来たことのお喜びの中で、谷口雅春先生は続いてこう書かれています。

『今まで吾等は天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)と阿弥陀とゴットと天地の創造主とを、同一の本源唯一神(ゆいいつしん)なる生長の家大神(うちゅうぜんたいのおおかみ)の別名であることを『生命の實相』で説いて来たのであり、老子の説く如く「道」(コトバ即ち神)は本来無名であり、神名又は仏名にとらわれて、他宗排撃の固陋(ころう)に陥ってはならない、万教は互に手を繋いで、唯一の神を信じ讃えようではないかと説いて来たのである。』(p.223-224)

 唯一絶対の存在(根源神・大生命)を、従来の神名や仏名等だけで表現しては先入観に択らわれて、唯一絶対の存在(根源神・大生命)の独在性が分かりにくくなるのを避けて、 「生長の家」では敢えて「生長の家大神」と呼称していますが、

天之御中主神 = 阿弥陀 = ゴット = 天地の創造主 = 同一の本源唯一神 = 生長の家大神

と、すべてが同一であることがここに明確に示されてあります。まさに「生長の家」が「万教帰一」である由縁ですね。名称に差違はあっても、同一のご存在である、という訳です。これが理解できれば、たちまち世界の人々は互いに互いを“神の子”同士として讃え合い、手を結び合い、忽ちにして今、此処に、天国・極楽浄土が現出いたします。

 絶対が二つも三つもあるはずはなく、それぞれの宗教宗派が尊崇する対象は、実はすべて「一」なる存在であることは、論理的に考えてもこれ以外にはあり得ませんね。
 それぞれの方々が尊崇する名称や、真心を顕しやすい礼拝の形式等、それは皆それぞれに尊いのですから、その名称、礼拝の形式等はそれぞれ大切にしてゆけば良いのです。そして、相互にそれを尊重し合いながら、「一」なるご存在に感謝してゆけば良いわけです。

 なお、「天之御中主神」が独在する宇宙創造の唯一絶対神であることにつきましては、 『善と福との実現(新版)』に次のようなご説明があります。

『「天(あま)」は至大天球なる大宇宙を指し、御中(みなか)の「御(み)」は美称、「中(なか)」は「中庸(ちゅうよう)」に「喜怒哀楽(きどあいらく)の未(いま)だ発せざるは之を『中(ちゅう)』と謂う」とあるところの「中」である。喜怒哀楽とは一切の「気指(きざ)し」(萌シ)を四語にて代表せしめたのである。一切の萌(きざ)シの現れいでる本源を『中(ちゅう)』と云うのである。されば中庸には「中なる者は天下の大本(たいほん)也」とある。即ち|-(たてよこ)十字に交叉して一切の時間空間の発現する中心の一点が「中」であるのである。』(p.225-226)

 「天之御中主大神」は、このようにまさに「宇宙創造の大神様」そのものであり、まさに宇宙創造の大神様そのもののご神名でいらっしゃいます。

.吾れ動けば宇宙動く

 歌詞の二番は、以下のとおりです。

二、神は生命(いのち)にして、
  吾れは神の子なれば、
  吾れはすべてを生かし、
  すべては吾れを生かす。

  神は愛にして、
  吾れは神の子なれば、
  吾れはすべてを愛し、
  すべては吾れを愛す。

  神は智慧(ちえ)にして、
  吾れは神の子なれば、
  吾れはすべてを知り、
  全てのもの吾れを知れり。

  神はすべてにして、
  吾れは神の子なれば、
  吾れ祈れば天地(てんち)応(こた)え、
  吾れ動けば宇宙動く。

  吾れ坐す妙々実相世界
  吾身は金剛実相神の子
  万(よろ)ず円満大調和
  光明遍昭実相世界。


『神はすべてにして、
 吾れは神の子なれば、
 吾れ祈れば天地(てんち)応(こた)え、
 吾れ動けば宇宙動く。』
とあります。

 これは大変なことですね。
 吾れ祈れば、天地が応え、
 吾れ動けば宇宙動く。

 実は、そういう力が全ての人に備わっているのです。ですから、一人一人の生命が尊く、一人一人の行動が世界を変えるというわけです。
 「生長の家」が今、国際社会が一つとなって取り組むべき「地球環境問題」に積極的なのも、一人一人が自覚を持って行動することによってのみ宇宙は動くことを識っているからです。

 生長の家総裁・谷口雅宣先生は、その著『生長の家ってどんな教え?』(生長の家刊)に、次の様の書かれています。

『現象世界の争いの中で最悪のものが戦争です。これにつながる危険性があることは、我々は絶対しないようにしなければならない。平和を実現しまた守るためには、いろいろな方法がありますが、ただ希望して祈っているだけではダメです。自らが何か実行することが必要です。地球環境問題や戦争などの大きな問題は、我々が今までのライフスタイルを変えないでいて、何かが変わると思うのは間違いなんです。なぜかと言えば、この世界は唯心所現の世界だからです。我々の心の総合的な表現として、地球温暖化が現れているのであり、戦争が起こっているのです。「自分は日本の片隅にいるから関係ない」と思っているかもしれないけれども、化石燃料を大量に消費する現在の文明を支えているのが我々です。家畜が食べる穀物を育てるために、石油を原料とする化学肥料が大量に使われます。「他人や他の生物を犠牲にして栄えよう」という我々の心が巡り巡って、こういう問題に結びついている。そういう反省の上から生長の家では肉食の削減に取り組んでいるのです。これ以上に悪業を積まず、むしろ積極的に善業を積んでいく生活の実践として、食生活の変化を考えていただければありがたいです。』(pp.236-237)

 先生は、
『地球環境問題や戦争などの大きな問題は、我々が今までのライフスタイルを変えないでいて、何かが変わると思うのは間違いなんです。なぜかと言えば、この世界は唯心所現の世界だからです。我々の心の総合的な表現として、地球温暖化が現れているのであり、戦争が起こっているのです。』
 とご指導いただいてます。

 ここに「唯心所現の世界」という表現がありますので、少し説明します。
 「生長の家」では、「人間は神の子である」と説いています。そして「生長の家」の教えには、「唯神実相」「唯心所現」「万教帰一」という3つの柱があります。

 実相宇宙には唯、神のみが独在し、その実相世界は「完全円満」「永遠不滅」「無限生長」「無限創造」の素晴らしい世界が独在する、というのが「生長の家」の「唯神実相」の教えです。

 この完全円満な世界である実相世界に対して、人間が感覚器宮を通して捉える世界を「現象」と呼んでいます。現象の世界は、実相世界全体の膨大な情報量のうち、人間の肉体の目、耳、鼻、口、皮膚で濾(こ)し取ったごく一部の不完全な情報を、脳が組み立て直して仮に作り上げている世界と考えます。言い換えると、私たちの目の前にある現象世界は、人間の心によってっくり出されているという教えで、これを「唯心所現」と呼んでいます。

 したがって、今、地球規模の課題として私たちの目の前にある地球環境問題や、それに起因する戦争等、これらは私たちの心のあり方やライフスタイルと密接に関係しているわけです。
 言い換えれば、私たちの心のあり方やライフスタイルを正しくすれば、宇宙は動き、地球環境問題を解決し、戦争等をなくすことが出来るという訳です。

 「生長の家」の、この「人間は神の子である」という真理、そして「唯神実相」「唯心所現」「万教帰一」という3つの柱、更には、21世紀に生きる私たちが取り組むべき課題にも言及いただいている口雅宣先生著『生長の家ってどんな教え?』(生長の家刊)を、ぜひ熟読・味読ください。

 そして「生長の家」では、実相世界に心の波長を合わせ、神の御心を吾が心として私たちの周囲に地上天国・極楽浄土を顕現する「生長の家」の座禅的瞑想法である「神想観」の実修をお勧めしています。詳しい実修法につきましては、下記の書籍を是非ご参照ください。

生長の家創始者・谷口雅春先生『新版 詳説 神想観』(日本教文社刊)

前生長の家総裁・谷口清超先生『神想観はすばらしい』(日本教文社刊)

生長の家総裁・谷口雅宣先生『生長の家ってどんな教え?』(生長の家刊)

               (牧野尚一:H30.01.17)

2018年1月 7日 (日)

無限の生まれ変り

 前生長の家総裁・谷口清超先生には沢山のご著書がありますが、その一冊に『伸びゆく日々の言葉』(日本教文社刊)があります。
  1月1日から12月31日まで、珠玉の真理のお言葉が綴られた366日の箴言集です。(2月29日もあります)

 一月の章は「いのちは不滅である」です。

 「一月七日 無限の生まれ変り」には、次の様にあります。

『人はたった一回だけ生まれて来るのではない。何故ならこの世に一回だけ生まれてくるにしては、宇宙はあまりにも広大無辺すぎる。一回だけでは、色々のことを学び切れない。一回だけ生まれ、あと灰になってしまっては、何の意味があるだろう。色々と学び、努めたのは、何のためであるか。もし一回だけ生まれるのであれば、人間はあまりにも不平等だ。差別がありすぎる。「平等」や「公平」が真剣に求められるのは、それが無限の生まれかわりの中で達成されることを予見しているからではないか。』

 重力波が検出され、宇宙の科学的解明も新しい時代に入りましたが、まだまだこの広大無辺の大宇宙の全容を解明するには時間がかかりそうです。
 その現象宇宙には限りがあるとしても、実は人間は「完全円満」で「永遠不滅」で、「無限生長」「無限創造」の存在です。なぜなら、人間は「神の子」だからです。

 「神の子・人間」は「永遠不滅」の存在ですから、その「完全円満」さを、「無限」に「創造」し、「無限」に「生長」し続けます。詳しくは、 谷口清超先生『伸びゆく日々の言葉』(日本教文社刊)を、ぜひ熟読・味読ください。

 「神の子・人間」として生命をいただいたことほど嬉しいことはありませんね!

 「神の子・人間」は、「永遠不滅」。
 誠にありがたい真理です。
 今年一年も、「神の子・無限力」を生かさせていただきましょう。

               (牧野尚一:H30.01.07)

新生讃歌

 生長の家創始者・谷口雅春先生には沢山のご著書がありますが、聖歌も沢山創られました。

 新春を寿ぎ、 『新版 生長の家聖歌歌詞』(生長の家本部編・日本教文社刊)より「新生讃歌」(pp.42-43)をご紹介します。

 新生讃歌      谷口雅春・作詞

一、あたらしき としをむかえて
  あたらしく 生(あ)れけるわれは
  うつそ身の 肉にしあらず
  かみの子と うまれしみたま
  あたらしき みたまとうまれ
  あたらしき としをむかえて
  いまいくる かみのいのちは
  とこしえに 老(お)いずすこやか

二、みいのちを ゆたかにうけて
  みひかりを ゆたかに吸(す)いて
  いまいくる かみのみいのち
  いまのぶる かみのみちから
  あめつちの すべてにみちて
  行くかぎり すべてにありて
  みちびくは かぎりなき智慧(ちえ)
  行くさきは あまつかみくに

三、あたらしき やくそくの地に
  あたらしき 肥(ひ)よくのくにに
  ゆたかなる めぐみいまうけ
  やすらいの くにに生くるは
  おおかみの めぐしみこたち
  うるわしの 実相(まこと)のくにに
  み手うちて 浄土ここぞと
  舞いあそぶ やくそくのくに

〈註〉第一句の「あたらしきとしをむ
かえて」は新年祭以外にうたうときは
「あたらしき悟りひらきて」と歌詞を
変えます。

 この歌を歌いますと、神の子・人間は肉体ではない、永遠不滅の神の生命であり、日々新生で、今、新たに生まれたばかりの生き生きとした若々しい生命(いのち)そのもの、と教えられます。

 神の無限の生命(いのち)を豊かにいただき、神の御光の中にあって、神の無限の智慧と愛と生命とに導かれ、ただ無限に豊かで、ただ無限に歓喜のみの、ただ無限の大調和の神の世界のみが独在するとわかります。

 さてその日々新生の、恵み豊かな実相世界は、どこにあるのでしょう。 大神様と、大自然と、神の子・人間が大調和した実相世界、その素晴らしい天国・極楽浄土は、実は、今、此処にあるのです。それに気がついたら、万民愛和し、喜びの舞を舞って忽ち地上天国・国際平和が実現いたします。

 譬えて言いますと、Aという実相放送局の電波が流れているとします。TVの波長をAに合わせますとA実相放送局の素晴らしい映像を受像して見ることができます。大切な事は、実相の世界に波長を合わす、ということです。

 本当は、このA実相放送局だけが独在して、素晴らしい神の世界の映像しかないのですが、神から無限の自由を与えられた人間は、色々な心を起こすこともできます。真っ直ぐ素直な透明な心なら良いのですが、歪んだ心、曇った心で画面を見ると、神の世界がはっきりと見えないということになってしまいます。間違った人がいる、争いの世界がある、と見えても、それは無いのです。これが、 「生長の家」の唯神実相観です。

 「まず神の国と神の国の義とを求めよ」とキリストは言いました。
 「生長の家」「神想観」を実修して、 「神と自然と人間の大調和」した実相世界の姿にしっかりと波長を合わせましょう。すると、はっきりと神の実相世界があなたの周囲に実現してまいります。

 この「生長の家」の座禅的瞑想法である「神想観」の詳しい実修法につきましては、下記の書籍を是非ご参照ください。

生長の家創始者・谷口雅春先生『新版 詳説 神想観』(日本教文社刊)

前生長の家総裁・谷口清超先生『神想観はすばらしい』(日本教文社刊)

生長の家総裁・谷口雅宣先生『生長の家ってどんな教え?』(生長の家刊)

               (牧野尚一:H30.01.07)

2018年1月 6日 (土)

一富士、二鷹

180105



 年が明け、北杜市大泉町で富士山を撮っていましたら、鷹が飛んできてくれました。

 これは春から、縁起が良い!

 ということで、今年も皆様にとりましてきっと良い年となられることでしょう。

               (牧野尚一:H30.01.06)

谷口純子先生、お誕生日おめでとうございます

 1月5日は、生長の家白鳩会総裁・谷口純子先生の66歳のお誕生日です。心よりお祝い申し上げます。

 先生は、講習会はじめ毎月の機関誌や普及誌、そして先生のブログ『恵味な日々』Facebook『生長の家白鳩会総裁』等でいつも素晴らしいご指導をいただいております。

 ご著書も『平和のレシピ』等、多数ございますので、ぜひ熟読・味読ください。

 谷口純子先生著『平和のレシピ』(生長の家刊)の「はしがき」には、次の様にあります。

『本書では、人生の光明面を見る「日時計主義」の生活をお勧めしています。人間のものの捉え方には、マスコミの報道に典型的に見られるように、社会や人々の“善い面”よりは“悪い面”に注目し、それを強調する傾向があります。その結果、“善”は社会の背後に埋もれてしまい、“悪”が増幅されて社会の表面に居座る状況が生まれます。これは、心の力の逆用です。私たちは、もっと人間や社会の善性を見て、それをほめたたえ、社会や生活の中に拡大しなくてはなりません。』

 この「日時計主義」の生活の実践のために、谷口純子先生は毎年『日時計日記』を監修されて出版いただいています。
 私も、毎日この日記をつけることが楽しみで、この日記のお蔭で様々な希望が速やかに成就しています。心で描いたものが実現する、そして“コトバの力”で良いコトバを使うとコトバ通りに良い事が実現するというという「生長の家」の“心の法則”が、この『日時計日記』をつけることで体感されます。

 まだ『日時計日記』を書いておられない皆様は、この新年がチャンス!
 ぜひお勧めいたします!

 『平和のレシピ』の「はしがき」には、また次の様にあります。

『また本書は、女性の活躍を期待します。女性にとって、結婚生活の幸福と責任ある社会生活とは同じように大切です。この二つのバランスがとれたとき、女性は平和な世界の実現に大きく貢献するでしょう。』

 いうまでもなく世界は男性と女性がほぼ半数づつですから、世界平和実現の鍵は女性が握っていると言っても過言ではありません。
 「生長の家」では、女性の組織を「生長の家白鳩会」といい、その生長の家白鳩会総裁が谷口純子先生です。

 生長の家創始者・谷口雅春先生は、 「生長の家」の白鳩会員を讃えて次の様なお歌を創っておられます。
 『新版 生長の家聖歌歌詞』(生長の家本部編・日本教文社刊)pp.25-26より

 白鳩讃歌      谷口雅春・作詞

一、白鳩は 愛の女神(めがみ)ぞ
  群れ飛ばん 愛の御使(みつかい)
  国ぐにを めぐり翔(かけ)りて
  愛念を ひろく送らん。

二、白鳩は 平和の天使
  群れ飛ばん 平和の天使
  青ぞらに 高く翔りて
  平和への 思念おくらん。

三、白鳩の 空飛ぶところ
  白鳩の 翔ろうところ
  愛念は ひろがり満ちて
  調和への 道はひらけん。

四、白鳩は 素直なるかな
  真白きは 無我の象徴
  純潔の 翼(つばさ)ひろげて
  人類を 愛に招(まね)かん

五、ああ白鳩 天(あめ)の御使(みつかい)
  よろこびの 音信(おとずれ)もちて
  家々に 真理はこびて
  幸福の 道をひらかん。

 誠にも、 「生長の家白鳩会」の使命は大きいですね。

 谷口純子先生は、『平和のレシピ』の「はしがき」に、次の様にも書かれています。

『本書はさらに、消費の中にも“平和の種”があると考えます。日常生活の中で、地球温暖化を抑え、環境を破壊しない選択をすることは、気候変動による経済の混乱を抑えるだけでなく、次世代、次々世代の人類に、負の遺産を残さないための真摯な実践です。これらの内容を、各章に分けて掲載しました。』

 私たちが日常生活を送る時に、その選択基準を地球温暖化を抑え、環境を破壊しない選択をするというエシカル(倫理的)な生活実践こそ、実は地球環境問題を解決し、地上に国際平和を実現する一番大きな実践です。平和実現の道は遠くあるのではなく、実は私たちの日々の生活のあり方の中にあるのですね。

 以下、 谷口純子先生著『平和のレシピ』(生長の家刊)の「目次」をご紹介します。 『平和のレシピ』、ぜひ熟読・味読ください。

 第1章 刹那を生きる
 第2章 「幸福八分」の結婚
 第3章 エネルギーの夢
 第4章 「つもり」の食事
 第5章 【講演録】食事と世界平和

 今年も又、生長の家総裁・谷口雅宣先生、白鳩会総裁・谷口純子先生からますますお健やかにてご指導いただけますことに、心より深く感謝申し上げます。

               (牧野尚一:H30.01.05)

2018年1月 5日 (金)

世界の平和に貢献する道

 新年明けましておめでとうございます。
 本年も、よろしくお願いいたします。

 生長の家総裁・谷口雅宣先生が、先生のブログ『唐松模様』で「新年のご挨拶」を掲載いただいています。深く感銘いたしました。ありがとうございます。

 先生は最後に、次の様に述べておられます。

『私たちは、大きな機械の中の一枚の“歯車”として、自分の信念や倫理感とは違う仕事を営々と行うべきなのか、それとも、一人の独立した信仰者として、たとえ時間がかかっても、仕事の全体を把握しつつ、信念と倫理感に従って、社会や次世代の幸福のために生きるかを今、選択しなければなりません。』

 世界は、実は自覚した個人一人一人の選択によって動くのです。
 私たち一人一人の選択と行動とが、平和で豊かな、美しい愛の世界を築くことができるのです。
 正しい信仰と、倫理的(エシカル)な生活と行動を選択する時、世界が変わります。

『自ら有機野菜を作り、木や石の肌触りを感じてクラフトを製作し、自分の肉体をフルに動かして、風や日光を感じながら自転車のペダルを漕ぐことで、私たちは「自然と人間は神において一体である」ことを実感し、「すべての人間は神の子である」という信仰を深め、拡大することができます。そして、この生き方によって、気候変動による世界の混乱を最小限に留めることができるでしょう。
 生活に生きる信仰を通して、世界の平和に共に喜びをもって貢献してまいりましょう。本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。』

 次世代に美しい地球を継承できるか否かは、私たち一人一人の信仰と、生活と、行動によって決まります。
 今年一年もまた、生長の家総裁・谷口雅宣先生の素晴らしいご指導を仰ぎつつ、「生長の家」の信仰を深め、「生長の家」の真理と生き方・考え方を多くの方々にお伝えし、明るく楽しい日々の生活を送って、既に成れる「神・自然・人間の大調和」した実相世界の姿を、この地上にも顕現してまいりましょう。

 なお、先生の「ご挨拶」は動画でも拝見できますありがとうございます。

               (牧野尚一:H30.01.05)

2017年12月26日 (火)

良き新年をお迎えください

 生長の家創始者・谷口雅春先生には沢山のご著書がありますが、その中に『新版 叡智の断片』 (日本教文社刊:昭和24年2月1日初版)というご本があります。素晴らしい真理のお言葉が綴られていますので、ぜひ全文、熟読・味読ください。

1.日時計主義の生活

 「真・善・美」の中の「善」について、谷口雅春先生は次の様に書かれています。

『凡ての「善」の中で最も大切な第一の「善」は「楽しくある」ことである。旧来の道徳や倫理や宗教は、カチカチにこりかたまった戒律を設けて、それに従う事が「善」であるかの如く教えた。しかしもはやその様な道徳は滅び去ったのだ。「楽しくある」ことが「最善」であり、最高の道徳であるのである。田辺元氏は「善と福とは二律背反(にりつはいはん)である。善は幸福なることによっては堕落するばかりである」と言っているが、それは誤りである。「善」とは「幸福」そのものであって、決して両者は二律背反ではない。青ざめたるインテリが青ざめたる杓子定規の善を善であると考えて来たところに、何の善があるのであるか。「善」とはその様にかたくるしいものではない、コチコチに苦しんでしかつめらしくして獲ち得られるものではない。善とは明るい楽しい幸福のことである。』(p.324)

 この場合の「幸福」とは、他人を苦しめたり、自然を傷つけたりしても平気だという利己的なものではありません。
 家庭内の和楽や、自然への畏敬や親しみといった、ごくごく平凡な“当たり前”のことへの明るく楽しい、幸福に充ち満ちた感謝の思いですね。
 異常なものへの畏敬ではなく、身近にあるものへの感動です。
 家族や、近隣の人々の美点を見、職場・学校の人々に感謝し、自然の美しさ、素晴らしさに感動する心、それが「善」です。

 「生長の家」では、明るい時に時刻を記録する「日時計」のような生き方を「日時計主義」と名付けて実践しています。
 明るい心でいると、明るい事が実現するというのが「心の法則」です。
  誤魔化しの心では、誤魔化しの世界しか実現しません。
 神様と波長を合わせた、本当の明るい日々を過ごしましょう。

『その人がたとい何一つ具体的な仕事をしていないとしても、ただその人が楽しく愉快にその日その日を暮らしたというその事だけで、その人は「善」をなしたのである。それは何物にも代え難き「善」である。彼の幸福は彼の周囲に幸福を呼び、彼の善は彼の周囲に善を呼ぶのである。彼の愉快の念波は宇宙のどこかに今も浮遊していて、それに触れる何人かを愉快にしているのである。』(p.325)

 毎日、明るい心で過ごすには、毎日明るい“コトバ”を使うと良いですね。
 優しい笑顔(和顔)、愛のこもった言葉(愛語)、そして良い事は遠慮なく褒めましょう(讃嘆)!

 この実践のために、「生長の家」では、『日時計日記』 をつけることをお薦めしています。

 私も毎日書いていますが、希望も速やかに実現いたします。
 まだ書かれたことのない方は、この新年からぜひ!

2.神啓の補足と修正

 生長の家創始者・谷口雅春先生著『新版 叡智の断片』(日本教文社刊) には、次の様なお言葉もあります。

『真理は、天から降り濺(そそ)ぐ甘露の水のようなものである。それはいと高き山巓(さんてん)に降りそそぎ地下にかくれ、地上に湧き出で、谷川の水となり、岩に激し、いずこへか姿を消して、砂漠の下をくぐるのである。しかし真理は失われたのではない。それは旅人の咽喉を霑(うる)おすオアシスの噴泉となってあらわれる。真理を或る特定の人に、或る特定の時期に、一回限りあらわれて、後永久に顕われないものだと思ってはならないのである。それは谿川(たにがわ)にも池にも、噴泉にも、大河にも、小川にも、霧にも、雲にも、大海にもあらわれる。同一の人に啓示される真理も、時として大河の姿をとり時として谿川の姿をとる。人時処相応、時節時節にあらわれるのが本当の真理である。だからすべての宗教にあらわれた教祖の神啓は次の時代又は同じ教祖の次の時期の啓示に於いて、補足され修正されねばならぬ。』(pp.179-180)

 「生長の家」の素晴らしいところは、このように宇宙の大法が、生長の家創始者・谷口雅春先生前生長の家総裁・谷口清超先生生長の家総裁・谷口雅宣先生へと嫡々相承(てきてきそうしょう)されてご指導いただいているところです。

 今年一年の神様からの数限りなき神恩に心より深く深く感謝申し上げます。
 そして、生長の家総裁・谷口雅宣先生 からいただきました素晴らしいご指導に深く深く感謝申し上げます。

 生長の家創始者・谷口雅春先生、前生長の家総裁・谷口清超先生、生長の家総裁・谷口雅宣先生からいただきました無限の師恩に、心より篤く感謝申し上げます。

《良き新年をお迎えください》

 今年一年、お読みいただきまして誠にありがとうございました。
 皆様にとりまして、来年がまたますますご多幸で実り豊かな一年となりますことを心より祈念申し上げます。
 皆様、良き新年をお迎えください。合 掌


 写真は、“森の中のオフィス”南館玄関前の門松です。

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                      (牧野尚一:H29.12.26)

2017年12月24日 (日)

祝 谷口雅宣先生お誕生日

 生長の家総裁・谷口雅宣先生が、12月24日、66歳のお誕生日をお迎えになられました。心よりお祝い申し上げます。

 今日は、先生のご著書『宗教はなぜ都会を離れるか? 世界平和実現のために』(生長の家刊)の第一部「宗教は動く」の第二章「神・自然・人間の大調和に向けて」の一節をご紹介します。

『ヨーロッパ中世以前の世界では「神→自然→人間」の階層秩序が厳然として続いていたのに対し、産業革命以降は、この関係が急速に崩れ、今では「人間→(神)→自然」の関係に逆転してしまった。ここで「神」の文字が括弧に入っているのは、多くの人間にとって、神はもはや存在価値がないと思われているからだ。つまり、彼らにとって「神は死んだ」*のであり、だから何の恐れもなく、自然を手なずけて自分の道具や消費の対象とし、徹底的に利用する。それが、幸福を得る方法だと考えるのである。そういう人間中心主義的で、物質偏重の考え方が現代文明の基底にはある。だから現代は、神・自然・人間の三者の関係は大方が対立的であり、敵対的でさえある。』(pp.74-75)

*晩年のニーチェが遺した人類の精神史についての洞察。彼は、神や善などの超越的価値への信仰が失われた結果、人間の共同生活の根拠もなくなり、現実生活が本質的に権力闘争の様相を呈していることを指して「神は死んだ」と言った。(p.110)

 自然科学の発展は、地球や宇宙の神秘を解明し、その法則を発見して応用法を開発してきました。それが人類の福祉に貢献する一方において、自然への畏敬を忘れ、自然を人間の道具と見なす考え方を助長してしまいました。
 自然からの偉大な恩恵を忘れて、ただ収奪するだけに走りすぎてしまったのが産業革命以降の歴史です。

『何の恐れもなく、自然を手なずけて自分の道具や消費の対象とし、徹底的に利用する。』の一例が、原子力エネルギーの利用です。
 その危険性を、先生は、次に様に指摘されています。

『人類が原子力エネルギーの利用を拡大していくことは、放射性廃棄物という自然界共通の有害物をどんどん蓄積していくことになる。それを無害化する処理方法はまだないから、膨大な量の“劇毒物”を地球の地下深く埋めていくことになる。日本だけでなく、世界中の国々でそれをやるようになったら、これはもう「自然と人間の大調和」などとはとても言えない。それを信じる人間の行動とは言えない。自然と人間は戦い合っているということになる。原子力発電という技術には、自然界に対する“敵意”みたいなものが隠されているのです。そういう原発を造り続けるということは敵意を物質化することであり、明らかに悪業を積むことです。だから、今すぐ突然、原発を全廃するのが困難だったら、廃止するターゲットを決めて、できるだけ速やかにそこから撤退していく。これは、「悪業をこれ以上積まない」ということです。また、それと同時に善業を積む必要がある。つまり、地球の自然と人間が共存する方向のエネルギー使用の方法を開発し、それを積極的に利用していく必要がある。それは実際に可能なのですから、やるべきだと申し上げているのです。』(pp.107-108)

 悪いことは止めて、良いことを実践しましょう、というのが「宗教」であり、人としての当たり前の生き方でもあります。

 前生長の家総裁・谷口清超先生は、『純粋に生きよう』(日本教文社刊)はじめ多数のご著書で、道林禅師の言葉を紹介しておられます。

 唐の白居易(白楽天)がある時、道林禅師のもとに参じて「仏法の大意とは何でしょうか」と問うたそうです。
 すると道林禅師は
「諸悪莫作(しょあくまくさ)、衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)」
と答えました。

 これを聞いて白居易は「そんなことなら三歳の子供でも言えるでしょう」と、言ったそうです。
 すると道林禅師は、「三歳の童子は言いえても、八十歳の老翁でも行うことはできないのだ」と答えらました。
 それを聞いて、白居易は礼拝・感謝して去ったということですが、これが仏法の極意ですね。

 「生長の家」の“森の中のオフィス”の建設も、この宗教的実践です。

『生長の家は、それが可能であることを実証するために、東京を引き払って、八ヶ岳南麓の北杜市に移転しました。人間と自然との共存などできるはずがないと思う方は、ぜひ私たちのやり方を見に来ていただきたい。日本は技術立国ですから、方向性さえ決まれば、自然破壊でも自然との共存でも、どちらへも行くことができます。しかし、そのためには「コスト」だけに注目してはいけない。現状の制度のままで「どちらがコストが安いか」といったら、従来通りの方法のコストが安いに決まっている。積み重ねがありますから。従来通りの考えにもとづいたコスト計算や、経済指標だけで判断すると、残念ながら原発継続ということになるでしょう。しかし、それをしてしまったら、先ほどの質問の時に書いた図(図1、図2)のとおりの方向へ、日本および世界が進んでいくことになります。「気候変動の激化」「資源の奪い合い」そして「国際紛争」へと向かう。それには「反対」と言わざるを得ない。言うだけでなくて、自分でも反対方向への行動を起こしましょう、というのが私たちの考えであります。』(pp.108-109)

 図1、図2とは、「産業」「政治」「技術」「文化」が方向を変えずにこれまでの「習慣性(業の力)」のままに進んでいくと、「気候変動」「資源争奪」そして「国際紛争」の方向へと進んでしまうと図示くださっています。

 「生長の家」の選択が間違いでなかったことに、山梨県北杜市にある“森の中のオフィス”は、東京から本部機能を移転して5年が経ちますが、太陽光発電やバイオマスといった自然エネルギーだけで夏も冬も快適に業務しています。
 公官庁や多くの企業が都市に集中して化石燃料や原子力発電に依存するのではなく、クリーンエネルギーの活用に向けて都市から地方へと移転・分散することが、今21世紀の現代に求められている大きな課題ですね。

 「生長の家」の公式HPに、生長の家総裁・谷口雅宣先生の略歴が紹介されていますので、ご紹介しておきます。

・昭和26年12月24日、前生長の家総裁・谷口清超先生、前生長の家白鳩会総裁・谷口恵美子先生の次男としてご誕生。
・昭和49年、東京・渋谷区の青山学院大学法学部公法学科をご卒業。
・その後、米国ニューヨーク市にあるコロンビア大学大学院の国際学部で国際関係論を専攻され、同大学院卒業後、『産経新聞』の記者を務められる。
・現在は生長の家総裁として、日本国内の各都市で開催されている「生長の家講習会」はじめ、各種行事の指導や執筆などで多忙な毎日を送られ、生長の家の人類光明化運動・国際平和信仰運動の伸展に尽くされている。
・また、谷口雅宣先生は日本国内にとどまらず、ご夫人の生長の家白鳩会総裁・谷口純子先生とともに、1992年(平成4年)には米国およびカナダ、翌1993年(平成5年)にはブラジル、続く1994年(平成6年)には再び米国へ赴かれ、生長の家の教えを宣布されている。さらに1995年(平成7年)には、香港で開催された生長の家初の国際大会で指導されたほか、中華民国の3都市を巡錫された。その後、「国際教修会」開催のため、米国(2003年、2004年、2007年)及びブラジル(2004年、2006年)を巡錫、また、2005年には米国で開催の「リーダーのための特別練成会」を指導された。
・平成21年3月、生長の家総裁の法燈を継承される。

 神・自然・人間の大調和する世界実現のためにご指導くださいます、生長の家総裁・谷口雅宣先生に、深く感謝申し上げます。

               (牧野尚一:H29.12.24)

祝 天皇誕生日

 12月23日は、今上陛下84歳のお誕生日です。心よりお祝い申し上げます。

 お誕生日に際し、天皇陛下のお言葉が、宮内庁のホームページに掲載されてありました。

 常に国民に寄り添い、また世界の平和実現に率先して行動しておられる天皇・皇后両陛下のお姿に深く感銘いたしました。
 ぜひ、全文をご拝読ください。

 天皇・皇后両陛下のお写真や、ビデオも拝見することが出来ました。
 お健やかなお姿を拝し、ますますのご健勝をお祈りいたします。

               (牧野尚一:H29.12.23)

2017年12月22日 (金)

「本当の自分」「真我」なる神性・仏性に忠実に

1.真我に忠実であれ

 前生長の家総裁・谷口清超先生には沢山のご著書がありますが、その一冊に『伸びゆく日々の言葉』(日本教文社刊)があります。
  1月1日から12月31日まで、珠玉の真理のお言葉が綴られた366日の箴言集です。(2月29日もあります)

 十二月の章は「神想観を行う」です。

 「十二月二十二日 真我に忠実であれ」には、次の様にあります。

『最近は何をするにも「自分が面白いから」とか「儲(もう)かるから」という理由で、好きなことをしたり職業も選ぶという行き方がふえて来た。これは「自分に忠実」という風に言えるかも知れないが、その「自分」とは何であるかが問題だ。もしニセモノの自分、幼児期の自分に忠実であるならば、ただ目先の欲望にふりまわされ、遊びほうけているだけである。本当に自己に忠実であるためには、生長する自分に忠実でなければならない。つきつめて言うと「本当の自分」「真我」なる神性・仏性に忠実でなければ、真の満足も生き甲斐も得られない。それ故、真我を開発するところの「神想観」が極めて大切である。』(p.278)

 夢や、希望も、幼い頃から少年期、青年期、そして大人へと成長するにつれて変化して行きます。最初は、自分中心の願いや希望であったものが、やがて地域社会や、国家、そして世界へと、地球規模、宇宙規模にまで拡大して行きます。
 自分の事も、自分の帰属する地域の事ももちろん大切ですが、今や世界が情報通信面でも交通手段においても、また経済活動においても地球規模での時代ですので、地球単位での課題に世界の人々が真剣に取り組むべき時代となっています。

 ご承知のとおり、「生長の家」が21世紀の喫緊の課題である地球環境問題へ積極的に取り組んでいますのも、そのような時代的要請に応えるためで、次世代に美しい地球を継承して行くためには、今の世代の私たちこそがこれに真剣に取り組む必要があるというわけです。

 「生長の家」の公式HPに、昨年「生長の家」がどのように地球環境問題に取り組んだかが、『2016年度「環境パフォーマンス報告書」』として掲載されていますのでお目通しください。

 芭蕉の言葉として「不易流行」という言葉がありますが、不変に変わらざるものと、時代に対応して変化するものと、両方が大切だという意味と思われます。

 「生長の家」も同様で、「唯神実相」「唯心所現」「万教帰一」といった根本的な真理は不変ですが、その時代その時代に対応して、喫緊の課題に対処して行くのも宗教の大切な使命ですね。

 生長の家総裁・谷口雅宣先生『生長の家ってどんな教え?』『宗教はなぜ都会を離れるか?』(いずれも生長の家刊)には、その両面が分かりやすく書かれていますので、ぜひ熟読・味読ください。

 「生長の家」の座禅的瞑想法である「神想観」の詳しい実修法につきましては、下記の書籍を是非ご参照ください。

生長の家創始者・谷口雅春先生『新版 詳説 神想観』(日本教文社刊)

前生長の家総裁・谷口清超先生『神想観はすばらしい』(日本教文社刊)

生長の家総裁・谷口雅宣先生『生長の家ってどんな教え?』(生長の家刊)


2.
天地の恩

 生長の家創始者・谷口雅春先生のご著書で『新版 生活の智慧365章』(日本教文社刊) というご本があります。
 その冒頭にある「はしがきに代えて」というご文章は、先生が最初に世界ご巡錫として、アメリカ、ブラジル等の南北アメリカ、更にヨーロッパ各地で真理を宣布された最中に書かれています。

『生長の家は万教帰一(ばんきょうきいつ)の真理を説いているのでありますが、観世音菩薩が、婆羅門(ばらもん)に対しては婆羅門身を現(げん)じて得度(とくど)せしめられると観音経にあるように、キリスト教国に於てはキリスト身(しん)を現じて聖書の教えを真向(まっこう)にふりかざして真理を説いて来ました。イエスの教えを正直に割引なしに全面的に信ずること、そしてそれを本当に生活に実践することによってのみ、キリストと同じ奇蹟を実演し、本当に幸福な地上天国が実現することを得るのであることを説いて来ました。』(p.2)

 「真理」を「日常生活」に実践することによって「平和」な地上天国・極楽浄土が顕現いたします。「宗教(真理)」と、「生活」と、「平和」は、すべてが連環しています。「宗教」を「生活」に実践してこそ「平和」が実現します。即ち、私たち一人一人の「生活」が「平和」に直結しているのです。地球環境を意識したエシカル(倫理的)な「生活」の実践者が増える時、地球が護られ、「資源」と「環境」のバランスが保たれた真の「平和」が実現いたします。

 谷口雅春先生は、『新版 生活の智慧365章』(日本教文社刊)の最初に、こう書かれています。第一部『生命の泉』の第一篇『“神”を生活の中に生きるには』の最初の小見出しは『天地の恩』です。

『吾々の生活に。どんなに多く、大自然の恵みを受けているか、衆生の御恩を受けているかを顧みよ。あまりにも私たちは受けている恩恵に対して鈍感であり過ぎたのである。それらを当然のこと、当り前の事として感謝することを忘れていたのである。あまりにも自分が受けていた恩恵に対して気がつかな過ぎたのである。
 何でも気がつかない時は、それが存在しても「無い」のと同じことである。自分のポケットに百万円の小切手があっても気がつかなかったら、その小切手は無いのと同じことである。では大自然の恵みも、衆生の思も、父母の恩も、国家の恩も気がつかなかったら、それは無いのと同じことである。「ある」ものに気がつかないのは盲人と同じことである。私たちは盲人になってはならないのである。すべての恩恵をみとめたとき、私たちはその恩恵の所有者になるのである。』(pp.5-6)

 神と、自然と、人間との大調和した「実相世界」と、その投影としての「天地のご恩」の恵みに深く感謝して、「神様の御心」のままの日々を過ごさせていただきましょう。

◎ 生長の家総裁・谷口雅宣先生著『宗教はなぜ都会を離れるか?』(生長の家刊)の目次は、次のとおりです。

はしがき

第一部 宗教は動く
 第一章 運動の変化について
 第二章 神・自然・人間の大調和に向けて

第二部 新しい文明の実現を目指して
 第一章 偏りのない文明の構築へ
 第二章 対称性の論理を学ぶ
 第三章 宗教における都市と自然
 第四章 「ムスビ」の働きで新価値を創造しよう
 第五章 なぜ肉食から遠ざかるべきか?

参考年表

◎生長の家創始者・谷口雅春先生著『新版 生活の智慧365章』(日本教文社刊)の目次は、次のとおりです。

第一部 生命の泉
 第一篇 “神”を生活の中に生きるには
 第二篇 自己の本質を知るには
 第三篇 運命をひらくには
第二部 歓喜の泉
 第四篇 幸福はどうしてくるか
 第五篇 悦びはどうしてくるか
 第六篇 智慧はどうしてくるか
第三部 繁栄の泉
 第七篇 無限の供給を受ける道
 第八篇 失敗から立ち上る道
 第九篇 豊かさを得る道
第四部 健康の泉
 第十篇 肉体の苦痛はどこからくるか
 第十一篇 治癒する力はどこからくるか
 第十二篇 若さと元気はどこからくるか

                     (牧野尚一:H29.12.22)

2017年12月16日 (土)

師走の日射し

 先日(木曜日)、所用で久しぶりに東京へ行ってきました。
 休館日ですが、帰りに“生長の家 いのちの樹林”(旧本部跡地)へ立ち寄りました。

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 徐々に夕日が照らしはじめた富士山の見える所へ帰って来ました。

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              (牧野尚一:H29.12.16)

2017年12月 9日 (土)

祝 皇太子妃殿下お誕生日

 皇太子妃殿下雅子様が、12月9日、54歳のお誕生日をお迎えになられました。心よりお祝い申し上げます。

 また、12月1日は、愛子様の16歳のお誕生日でした。重ねて心よりお祝い申し上げます。愛子様は学習院女子高等科の1年生で、健やかにご成長されて本当に素晴らしいですね。宮内庁のホームページ「愛子内親王殿下お誕生日に際してのご近影」も掲載されています。

 その宮内庁のホームページには、皇太子殿下、雅子妃殿下、愛子様のご近影(ビデオとお写真)と、雅子妃殿下の「ご感想」が掲載されてありました。

『「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が6月に成立し,このほどその施行日が決定されました。これまで,長い年月にわたり,常に国民の幸せを願われ,ご公務の一つ一つを大切に,お心をこめてお務めになっていらっしゃいました両陛下の歩みに思いを致し,深い感慨を覚えます。両陛下のこれまでの歩みに,心からの敬意と感謝の気持ちを申し上げたいと思います。そして,平成5年に,皇太子殿下との結婚により,私を皇室の一員としてお迎えいただきましてから,これまで二十数年の間,両陛下のおそばでお姿を拝見し,両陛下のなさりようを学ばせていただく機会を得られました幸せを身に沁みて感じますとともに,両陛下に温かくお見守りいただいてきましたことに深く感謝申し上げます。これから先のことを考えますと,身の引きしまる思いが致しますが,両陛下のお導きをいただきながら,皇太子殿下をお支えしつつ務めを果たしていくことができますよう,努力を重ねて参りたいと思っております。両陛下には,くれぐれもお体を大切になさり,これからも永くお健やかにお過ごしになりますよう,心よりお祈り申し上げます。』

 天皇皇后両陛下、そして皇太子殿下同妃殿下に深く感謝申し上げます。

 ご自身のことにつきましては、

『私自身につきましては,この一年も皇太子殿下のお力添えをいただきながら,様々な公務についてできる限りの務めを果たせればと思い,努力して参りました。都内での行事への出席のほか,7月に秋田県,9月に奈良県,10月に京都府と高知県,11月に宮城県と香川県を訪問することが叶い,その訪れた先々で,多くの方に笑顔で温かく迎えていただいたことは,私にとりまして大きな励みになりました。そして,周りの方々にも助けていただきながら,できることが少しずつ増えてきましたことを有り難く,また,嬉しく思い,今後とも,快復に向けての努力を続けていきたいと思っております。
 国民の皆様から日頃よりお寄せいただいている温かいお気持ちに,改めましてこの機会に厚く御礼を申し上げます。』

  雅子妃殿下のご健康も順調に快復に向かわれ公務も増えておられて嬉しい限りです。愛子様も、充実した高校生生活を送っておられます。皇太子殿下ご一家、秋篠宮殿下ご一家共にご健勝のご様子で、誠に嬉しい限りです。

         (牧野尚一:H29.12.09)

2017年12月 8日 (金)

今、此処、生命満ち、七宝満つる龍宮城

 生長の家創始者・谷口雅春先生には沢山のご著書がありますが、その一冊に『静思集』(日本教文社刊)があります。
 目次は、以下のとおりです。

序曲
生活篇 智慧と愛の書簡
 第1章 生活の悦びのための手紙
 第2章 家庭に悩む人への手紙
 第3章 神国實現への手紙
無我篇 地を霑す者
 第1章 いのち立つ生活
 第2章 観の転回
原理篇 世界を新らしく観る
 第1章 新らしき物質観
 第2章 新らしき人間観
 第3章 新らしき善悪観
實修篇 神想観伝授
 第1章 真理の實現としての神想観
 第2章 神想観の呼吸法
 第3章 神想観についての心得

 「實修篇 神想観伝授」の「第1章 真理の實現としての神想観」の冒頭は、次のようにあります。

『   神想観は吾が全身真理となる行法なり 

 全身「真理」そのものとなるとき、この一肉塊(にくかい)既に肉塊にあらずして、宇宙に弘ろがるなり。宇宙が一身につつみ込まれてあるなり。全身が宇宙にひろがり宇宙が一身につつみ込まれてあるが故に是れ全身に「一即多(いちそくた)」を顕現せるなり。
 神想観をするときに非ずとも、一日のうち幾度か神想観の姿勢を為すべし。身体疲れざること不思議なり。坐っていて疲れるは姿勢悪しき故なり。病人、いちにちのうち十数分間づつこの姿勢をとること、一日数回ならば元気恢復早きなり。
 神想観は病気を治すためにするものにも非ず、貧乏を治すがためにするものにも非ず、その他いろいろの功利目的を遂げるがために為すものにもあらず、全身が真理と成る為なり。全身が大宇宙そのものとつながる為なり。病なき世界へ入る為なり。貧乏なき世界へ入るためなり。此処、龍宮城と知る為なり。七宝既に満ちてあるなり。既に神の生命茲(ここ)にあるなり。また何をか求めんや。』(pp.259-260)

 「神想観」とは「生長の家」の座禅的瞑想法ですが、その目的は、

『神想観は病気を治すためにするものにも非ず、貧乏を治すがためにするものにも非ず、その他いろいろの功利目的を遂げるがために為すものにもあらず、全身が真理と成る為なり。全身が大宇宙そのものとつながる為なり。病なき世界へ入る為なり。貧乏なき世界へ入るためなり。此処、龍宮城と知る為なり。七宝既に満ちてあるなり。既に神の生命茲(ここ)にあるなり。また何をか求めんや。』

  神様の創造された「実相世界」は、「天国」とも、「極楽浄土」とも称しても良いですし、「龍宮城」と称しても良いわけですが、「神想観」は、その「実相世界」が、今、此処にある、と知るために行うものだというわけです。
 今、此処に「実相世界」が、「天国」「極楽浄土」が、「龍宮城」があると分かれば、その世界は、完全円満、永遠不滅、無限生長、無限向上の世界であり、無限智、無限愛、無限生命、無限供給、無限歓喜、無限大調和の世界ですから、罪なき、病なき、死もまたない世界と分かるわけです。

 その根本的真理をまず体感体得することが第一で、そうしましたら全てが自ずから調うというわけです。

 この素晴らしい「生長の家」の座禅的瞑想法である「神想観」の詳しい実修法につきましては、 『静思集』をぜひご精読いただくとともに、下記の書籍をご参照ください。

生長の家創始者・谷口雅春先生『新版 詳説 神想観』(日本教文社刊)

前生長の家総裁・谷口清超先生『神想観はすばらしい』(日本教文社刊)

生長の家総裁・谷口雅宣先生『生長の家ってどんな教え?』(生長の家刊)

            (牧野尚一:H29.12.08)

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