2018年10月15日 (月)

『病気はこうして治る』

1.時が来た。今すべての病人は起つことが出来るのである。

 生長の家創始者・谷口雅春先生には33の神示が天降りました。
 その中に「完成(ななつ)の燈台(とうだい)の神示」(昭和六年一月十五日夜神示)があります。(谷口雅春先生著『御守護 神示集』pp.9-10 日本教文社刊
 神示の全文は、以下のとおりです。

『時が来た。今すべての病人は起つことが出来るのである。最早、あなたにとって病気は存在しない時が来たのである。二千年前、キリストが『汝の信仰によって汝の信ずる如くなれ』という唯一語で、遠隔の地にいる病人を癒やした其(そ)の真理が、すべての人類に開顕される時期がきたのである。『生長の家』を読み真理を知るだけで遠くにいて病気が治る事実を見よ。『生長の家』は今かの黙示録が予言した『完成(ななつ)の燈台』として人類の前に臨(のぞ)むのである。此の燈台より真理の光を受くるものは、創世記のエデンの楽園追放後、人類を悩ましたところの『罪』と『病』と『死』との三暗黒を消尽(しょうじん)するのである。光が近附くときすべての暗黒は消える。『真理』が近づく時、すべての『迷』が消える。『迷』が消える時、『迷』の産物なる『罪』と『病』と『死』とは消える。疑わずに吾が光を受けよ。われは『完成の燈台』に燈(ひ)を点ずるものである。(昭和六年一月十五日夜神示)』

 この神示にありますように、昭和5年(1930年)3月から創刊された月刊誌『生長の家』誌を読むだけで病気が治る人々が次々と出てきました。
 その理由は『生長の家』誌を読み、「真理」を知ることによってすべての『迷』が消え、『迷』が消える時、『迷』の産物である『罪』と『病』と『死』とは消えてしまった、というわけです。

 『死』が消えるというのは、肉体が不滅になるという意味ではありません。「肉体」は「神の子・人間」の本体ではなく道具ですから、いずれ消えてしまいます。消えないのは「神の子・人間」の本体そのものですので、完全円満・永遠不滅・無限生長・無限創造なる「神の子・人間」の本体に「死」はない、ということになります。

 このように、 「生長の家」の「真理」を正しく識ることほど大切な事はありません。

2,人間は本来、健康なのがあたりまえです

 このたび、世界聖典普及協会(編)の『病気はこうして治る ――原理篇――』発行:生長の家(定価300円)が発刊されました。これは、既刊の『病気に勝つ』 解説書「原理篇」と「実践篇」の2冊のブックレットとしたものです。

 『病気に勝つ―解説書―』初版のはしがきが、このブックレット「原理篇」にも収録されていますので、紹介いたします。

『(前略)
 人間は本来、健康なのがあたりまえです。病気は心の中にある「ストレス」や「迷い」が原因です。この「ストレス」や「迷い」を取りされば、生命の自然療能力(しぜんりょうのうりょく)が働いて、病気が治ります。この「ストレス」や「迷い」を取りさるには、人間の本当の姿が完全であることを知って感謝することであります。
 このように本書では、病気の原因とは何か? また、本来の健康な姿を現わすためにはどうすればよいか、などを具体的にくわしく書いています。(中略)
 現在、病気中の人も、この本を読んで自分の「生命力」に自信をもたれ、一日も早く健康を回復されんことを願ってやみません。』(pp.4-5)

・人間は本来、健康なのがあたりまえです。

・病気は心の中にある「ストレス」や「迷い」が原因です。

・この「ストレス」や「迷い」を取りされば、生命の自然療能力が働いて、病気が治ります。

・この「ストレス」や「迷い」を取りさるには、人間の本当の姿が完全であることを知って感謝することであります。

 これが「生長の家」の真理を正しく識ることで、病が消えてしまう原理です。

3.自然治癒力の偉大さ

  生長の家白鳩会総裁・谷口純子先生が、この『病気はこうして治る ――原理篇――』 の冒頭に、 「お薦(すす)めします」と題されて次のように書かれています。

『(前略)
病気と心、薬と体との関係、また人間の免疫系(めんえきけい)の働きなどを現代科学の知識を織(お)り交(ま)ぜながら、論理的にわかりやすく説明しています。読みながら「この部分は本当?」などと疑問が浮かぶと、次の章には疑問に答えるような詳しい説明があるなど、行き届いた編集になっています。(中略)
 この本を精読(せいどく)されることにより、読者は人間の心と体の関係、それらに備わる自然治癒力(しぜんちゆりょく)の偉大さにきっと感銘(かんめい)を受けられるでしょう。そして、心の安らぎを覚(おぼ)えられることと思います。
 皆様の健康で明るい日々をお祈りいたします。   合掌』(pp.2-3)

 廉価なブックレットです。ぜひ熟読・味読されまして、ますます健康で、豊かな、明るい、感謝に満ち満ちた日々をお過ごしください。

                     (牧野尚一:2018.10.15)

2018年10月 9日 (火)

生長の家講習会のご案内(10月・11月)

 「生長の家」の教えとはどのようなものなのか知りたい、学びたいとお考えの方は、是非「生長の家講習会」にご参加ください。全国59会場で2年に1度開催される講習会では、 生長の家総裁・谷口雅宣先生、生長の家白鳩会総裁・谷口純子先生のご講話を直接聴くことができます。また、信徒の体験談や聖歌の合唱なども行われて、1日ゆったりと教えを学ぶことができます。

 開催教区以外の方、信徒でない方も自由に参加できます。日時と会場をご確認の上、ぜひご参加ください。

◆講習会日程◆

◎2018年10月14日(日)熊本・大分

      上益城郡 メイン会場 グランメッセ熊本 

      宇佐市  県北会場  宇佐ホテルリバーサイド 
      杵築市  杵築会場  杵築市健康福祉センター 
      別府市  別府会場  ホテルさわやかハートピア明礬 
      大分市  大分会場  全労済ソレイユ 
      由布市  挾間会場  はさま未来館 
      大分市  大分東会場 大分県総合社会福祉会館 
      臼杵市  県南会場  臼杵市中央公民館
 

  ※上段1会場については熊本県教化部へ、下段7会場は大分県教化部 へお問い合わせください。

◎2018年11月11日(日)愛知・岐阜

      豊橋市 メイン会場 アイプラザ豊橋 
      一宮市 一宮会場  アイプラザ一宮 
      一宮市 尾西会場  一宮市尾西市民会館 
      津島市 津島会場  津島市文化会館 
      名古屋市 名古屋会場 生長の家愛知県教化部 
      豊明市 豊明会場  豊明市文化会館 
      刈谷市 刈谷会場  刈谷市総合文化センター 
      半田市 半田会場  アイプラザ半田 
      岡崎市 岡崎会場  生長の家三河道場 
      西尾市 西尾会場  一色地域交流センター 

      岐阜市 岐阜会場  生長の家岐阜養心会館(教化部) 
      揖斐郡大野町 大野会場 大野町総合町民センター 
      郡上市 郡上会場  郡上市総合文化センター 
      多治見市 多治見会場 生長の家多治見道場
 

  ※上段10会場については愛知県教化部へ、 下段4会場は岐阜県教化部へお問い合わせください。

※時間はいずれも午前10時〜午後2時です。

※詳細は、最寄りの生長の家教化部へお問い合わせください。

◆講習会テキスト◆

谷口雅春先生『新版 光明法語〈道の巻〉』

谷口雅宣先生『凡庸の唄』

                      (牧野尚一:2018.10.09)

2018年10月 3日 (水)

大調和の神示

 生長の家創始者・谷口雅春先生には33の神示が天降りましたが、その一つに「大調和の神示」 谷口雅春先生著『御守護 神示集』pp.6-8 日本教文社刊)があります。神示の全文は、以下のとおりです。

『汝ら天地一切のものと和解せよ。天地一切のものとの和解が成立するとき、天地一切のものは汝の味方である。天地一切のものが汝の味方となるとき、天地の万物何物も汝を害することは出来ぬ。汝が何物かに傷つけられたり黴菌(ばいきん)や悪霊に冒(おか)されたりするのは汝が天地一切のものと和解していない証拠であるから省(かえり)みて和解せよ。われ嘗(かつ)て神の祭壇の前に供物(そなえもの)を献(ささ)ぐるとき、先づ汝の兄弟と和せよと教えたのはこの意味である。汝らの兄弟のうち最も大なる者は汝らの父母である。神に感謝しても父母に感謝し得ない者は神の心にかなわぬ。天地万物と和解せよとは、天地万物に感謝せよとの意味である。本当の和解は互いに怺(こら)え合ったり、我慢し合ったりするのでは得られぬ。怺えたり我慢しているのでは心の奥底で和解していぬ。感謝し合ったとき本当の和解が成立する。神に感謝しても天地万物に感謝せぬものは天地万物と和解が成立せぬ。天地万物との和解が成立せねば、神は助けとうても、争いの念波は神の救いの念波を能(よう)う受けぬ。皇恩に感謝せよ。汝の父母に感謝せよ。汝の夫又は妻に感謝せよ。汝の子に感謝せよ。汝の召使に感謝せよ。一切の人々に感謝せよ。天地の万物に感謝せよ。その感謝の念の中にこそ汝はわが姿を見、わが救(すくい)を受けるであろう。われは全(すべ)ての総(すべ)てであるからすべてと和解したものの中にのみわれはいる。われは此処(ここ)に見よ、彼処(かしこ)に見よと言うが如くにはいないのである。だからわれは霊媒には憑(かか)らぬ。神を霊媒に招(よ)んでみて神が来ると思ってはならぬ。われを招ばんとすれば天地すべてのものと和解してわれを招べ。われは愛であるから、汝が天地すべてのものと和解したとき其処(そこ)にわれは顕れる。(昭和六年九月二十七日夜神示)』

◎ 汝ら天地一切のものと和解せよ

 「生長の家」の信仰とは、 「生長の家」の生き方とは、 『汝ら天地一切のものと和解せよ』の一行に尽きていると言っても過言ではないですね。

 『天地一切』ですから、全人類、地球のすべての生物、大自然、全宇宙と和解する、ということです。
 『天地万物と和解せよとは、天地万物に感謝せよとの意味である。』とありますので、全人類、地球のすべての生物、大自然、全宇宙に感謝するのが、 「生長の家」の信仰であり、 「生長の家」の生き方だということです。

◎ 父母に感謝し得ない者は神の心にかなわぬ

『汝らの兄弟のうち最も大なる者は汝らの父母である。神に感謝しても父母に感謝し得ない者は神の心にかなわぬ。』

 とありますように、両親への感謝ほど大切なものはありません。地上に生をあらしめてくださったご両親に、ただただ感謝合掌です。両親は地上に顕れた神の愛の顕現です。
 そして、夫婦相互の両親、さらにそのまた両親、さらにそのまた両親・・・とご先祖様への感謝も尽きません。

 そして、神の恵みは全宇宙に充ち満ちていますが、 『争いの念波は神の救いの念波を能う受けぬ。』とありますように、感謝、合掌、礼拝、讃嘆の明るい心が、神様と波長が合うことになります。
 互いに怺(こら)え合ったり、我慢し合ったりした感謝ではなく、心底感謝し合いました時、本当の和解が成立いたします。

◎ 神は全(すべ)ての総(すべ)て

『われ(神)は全(すべ)ての総(すべ)てであるからすべてと和解したものの中にのみわれはいる。』

 神様はご自身を『全(すべ)ての総(すべ)てである』とおっしゃっています。
 「神」ならざるものは存在しない、と神様がご教示くださっています。 「神」ならざるもの、即ち不完全な迷い(罪、病、死)は無い、ということです。 「神」は、 「神の世界」は、完全円満・永遠不滅・無限生長・無限創造そのものです。

◎ 神は愛なり

 神様は、 『すべてと和解したものの中にのみわれ(神)はいる。』とおっしゃっています。

 そして、
『われ(神)を招(よ)ばんとすれば天地すべてのものと和解してわれを招べ。われ(神)は愛であるから、汝が天地すべてのものと和解したとき其処にわれ(神)は顕れる。』
 とあります。

 『われ(神)は愛である』

 とのお言葉は、何と感動でしょう!
 神様はご自身を「愛」そのもの、と宣言されておられます。

 「神は愛なり」
 「神は愛なり」
 「神は愛なり」

 このお言葉を、しみじみと心に受け止め、神様の無限の大愛を享受いたしましょう。神様に深く、深く感謝いたしましょう。

 そして、 『天地すべてのものと和解したとき』ですから、全人類、地球のすべての生物、大自然、全宇宙と和解したとき、その時、そこに「神」が、 「神の世界」が成就するということになります。

 「生長の家」「天地一切のものと和解する」というこの真理に立脚し、 「神の創造された自然と人間の大調和した世界」実現のために、 「世界平和」実現のために地球環境問題に積極的に取り組んでいます。

 「生長の家」「世界平和」実現、地上天国建設という大神様の御心の実現のために立教され、生長の家創始者・谷口雅春先生前生長の家総裁・谷口清超先生、そして生長の家総裁・谷口雅宣先生のご指導をいただいて、着々とその使命を果たしてきました。いよいよ21世紀は、その理想実現の世紀です。

 今、 「生長の家」がこの至高の真理の宣布と共に、 「世界平和」を実現し、次世代に“美しい地球”を継承していくために日常生活で何が必要かを明確に知っていただくために、ぜひ「生長の家」の「環境方針」 を熟読・味読ください。

 また、日常生活での具体的な実践として、次の3つの活動をお薦めしています。

 ・「ノーミート、低炭素の食生活」

 ・「省資源、低炭素の生活法」

 ・「自然重視、低炭素の表現活動」

                     (牧野尚一:2018.10.03)

2018年9月26日 (水)

美点を観る

1.讃(ほ)める教育

 家内は、 『大草原の小さな家』というアメリカのTVドラマが好きで、休日には私もおつき合いする(させられる?)こととなります。
 もっとも私の方は、読書しながら等の「ながら族」ですので、あまり熱心な視聴者ではないのですが、先日は、こんな内容でした。

 学校で父兄参観の日、両親を前に姉さんのメアリーは上手に作文を朗読します。次女のローラも、お母さんへの感謝の言葉で綴られた作文を上手に朗読します。
 さて、学校からの帰り道、お母さんはローラが作文ではなく、メモを元に、あたかも書かれた作文のように上手に読んだことを発見します。二人で学校に戻り、ローラは先生に正直にメモを渡します。

 すべてを察した先生は、次のような主旨の言葉を述べました。
 「ローラは、書き方はまだ十分ではありませんが、読み方はとても上手です」
 ほめられたローラとお母さんは、先生に感謝しながら笑顔で学校から帰った・・・といった内容でした。

 正直であることを教えたお母さんと、美点を讃(ほ)めてあげた先生と、とても良いドラマだと感心しました。

 「生長の家」でも、美点を讃める教育を奨めています。

 生長の家創始者・谷口雅春先生『幸福生活への招待20章』(日本教文社刊) には、次のようにあります。

『子供の教育もですねぇ、矢張り教師(せんせい)なり親なりが、その子供を讃めるコトバによって、美点を認める言葉によって、子供を善くすることができるのです。これに反して、欠点を認めて、それを咎(とが)めてばかりおれば却って悪くなるんですね。』(p.120)

 以上の文章は、第三部「親の心が変わると子供が一変する」の第10章「子供を善(よ)くする秘訣を語る」にあるご文章で、小見出しは「幸福を開く鍵は“コトバの力”である」です。

 「親の心が変わると子供が一変する」とは不思議な話と思われるかもしれません。親は親、子供は子供と、それぞれ独立した存在であることは確かです。
 しかし、幼い時には、子供は尊敬している親の「言葉」で善くなりもすれば、悪しくもなります。
 「言葉」というのは、「心」の表現ですから、「心」に思っていることが「言葉」として表現されます。
 そして、子供は一番尊敬している親の「言葉」、先生の「言葉」によって、良くもなれば悪くもなります。

 「あなたは“神の子”で素晴らしい!」と讃めますと、子供は素直に良い子に成長します。
 そんな体験談が、 『幸福生活への招待20章』(日本教文社刊) をはじめとする「生長の家」の書籍には沢山紹介されていますので、ぜひ熟読・味読ください。

 このような「生長の家」の「コトバの力」は教育法に応用しているだけではありません。良いコトバは、治病にも繁栄にも家庭生活にも、更には社会生活、世界平和をも実現する大きな力です。

2.コトバが運命を創(つく)る

 生長の家総裁・谷口雅宣先生『日々の祈り -神・自然・人間の大調和を祈る-』(生長の家刊)には49のお祈りが収録されていますが、その一つに「コトバの力を駆使(くし)して運命を創(つく)る祈り」があります。

『神さま、私は神の子であります。私はそのことを今、再確認します。神の子は常に神さまの愛に護(まも)られています。ですから、私の周(まわ)りに“敵”や“悪”があるはずがありません。神の子は常に、神さまの知恵に導かれているのですから、ゆく道に迷ったり、過(あやま)ちを犯(おか)すはずがありません。神の子は常に神さまの命(いのち)に生かされているのですから、病気にかかったり、衰(おとろ)えたりすることはありません。それが私の本来の姿――実相です。私はこのような完全円満の実相を有していることを、再確認します。』(pp.209-210)

 「神の子・人間」は「完全円満」の存在である!
 この根本自覚が一番大切ですね。
 親が子を観るとき、子が親を観るとき、私たちが周囲の人すべてを観るとき、全人類を観るとき、この根本的自覚、「神の子・人間」はすべて「完全円満」の存在である! と観ることからすべてが出発します。
 このように、「神様の創造された世界(実相世界)が完全円満・永遠不滅・無限生長・無限創造」であり、その実相世界に「神・自然・人間が大調和」し、「神の子・人間」が完全円満・永遠不滅・無限生長・無限創造の存在であることを、「生長の家」では「唯神実相の真理」といい、分かりやすく「縦の真理」とも言っています。

『神さま、私は神の子としての実相をもちながら、「肉体」という道具をいただいて地上で生活しています。この場合、「神の子である」という意味は、神さまが実在世界を創造されたように、私も自分の周りの現象世界を創造するということです。神さまが実在世界を造られたのは、聖経に書いてあるように、神さまの「心動き出でてコトバとなる」ことによってです。私も「心を動かしてコトバとする」ことによって自分の世界を創造するのです。ですから、私は「与えられた世界」の中で諦(あきら)めて生きるのではなく、コトバの力を使って「自分の世界」を創造しつつあるのです。この地上での「運命」とは、だから「与えられた」不動のものではなく、コトバによってつくり変えることができるものです。』(pp.210-211)

 神さまが実在世界を造られたのは、神さまの「心動き出でてコトバとなる」ことによってですので、私たちもまた「心を動かしてコトバとする」ことによって自分の世界を創造するのです。「コトバ」は、この世界で一番強い力です。

『私の周(まわ)りの世界は、私の“作品”です。もしそこに不合理が展開しているように見えるならば、誰かが不合理な世界を造って私に押しつけたのではく、私自身が「不合理」という色で自分の世界を彩色(さいしょく)しているのです。もしそこに不公平が見えるならば、私自身が「不公平」という色で世界を塗(ぬ)っているのです。不合理も不公平も神さまの世界には存在しません。それは、私がコトバの力を使って、自分の周りに幻灯機(げんとうき)のように映(うつ)し出しているにすぎません。罪も病も死も、私の心が同じように映(うつ)し出した虚像(きょぞう)にすぎません。』(p.211)

 「生長の家」では神様の創造された世界を「実相世界」と言い、今私たちの五官の感覚器官(眼・耳・鼻・皮膚・口)で認識している世界を「現象世界」と言っています。
 その「現象世界」は「唯心所現」と言って、「ただ自分の心の現す所の世界」と言います。これが「生長の家」の「横の真理」です。

 人間は本来「神の子」ですから、「神様」同様、「完全円満・永遠不滅・無限生長・無限創造」の存在ですから、罪も病も死も無縁の存在です。ただ、「現象世界」に自分の心が投影するとき、「神様」と波長の合う心ですと、無限の智慧、無限の愛、無限の生命、無限の供給、無限の歓喜、無限の調和が周囲に実現します。

『神さま、私は神の子であります。神の子は、神さまの創られた実在世界にあるものをコ卜バの力によって表現することに喜びを感じます。それが、コトバの力の正しい使い方です。コトバとは、身(しん)・口(く)・意(い)の三業(さんごう)を指します。身体(からだ)によって、口によって、意(おもい)によって心を表現することです。一回の「行為」ではコトバの力は小さくとも、それが同方向に繰り返されることで、「行(ぎょう)」は「業(ごう)」となって大きな力を発揮します。善い行為、善い言葉、善い想念を繰り返して表現することによって、「善行(ぜんこう)」は「善業(ぜんごう)」となって私の運命を形成します。その逆に、悪い行為、悪い言葉、悪い想念を繰り返せば、悪業の力を強め、悪い運命を形成することになります。それは、コトバの力の誤った使い方です。』(pp.211-212)

 神様の創造された「実相世界」を識る私たち「神の子」は、その神様の創造された「実相世界」に“在(あ)るもの”を心で感じ、それを身体(からだ)によって、口によって、意(おもい)によって表現しようとします。繰り返し善い行為、善い言葉、善い想念を表現しておりますと、そのとおりの素晴らしい世界が自分の周囲に実現いたします。 「コトバの力」は本当に素晴らしいですね。

『神さま、私は神の子ですから、神さまの実在世界に存在しないものを表現することを喜びません。悪行(あくぎょう)や悪口(あっこう)、悪意などに不快を感じるのは、そういう理由です。私は今後、そのような悪行や悪業(あくごう)とは逆方向にコトバの力を使います。善を行い、周りの人や事物の美点をほめ、美しさを讃(たた)え、感謝し、善意や好意や美を表現することで、自ら「善業」を創り出します。現象世界は「唯心所現(ゆいしょんしょげん)」ですから、私がコトバの力を駆使(くし)して「善」の方向に心を動かせば、必ず善が現れてきます。それが心の法則であり、因果(いんが)の法則です。』(pp.212-213)

『神さま、私は神の子ですから、神さまの実在世界に存在しないものを表現することを喜びません。』
 とありますように、神様の世界に存在しないものには違和感を覚え、心に刻もうとは思いません。
 そんなものは、神の世界に存在しない、非実在・非存在のものですから、心から放擲して良いのです。
 神様の創造された「真・善・美」のみを心に刻み、心に描けば良いのです。

3.『日時計日記』を書きましょう

 谷口雅宣先生の「コトバの力を駆使(くし)して運命を創(つく)る祈り」の最後は、次のようにあります。

『ああ神さま、私は今、あなたが創られた実在世界の真・善・美を如実に感じます。瞑目(めいもく)して周囲の響(ひび)きを観ずるに、真なるもの、善なるもの、美なるものをアリアリと心に描くことができます。ですから、目を開けて周囲を見みても、真なるもの、善なるもの、美なるものを観通(みとお)すことができます。現象世界にそれがまだ充分映(うつ)し出されていなくとも、私は真・善・美の“痕跡(こんせき)”を見つけ、身(しん)・口(く)・意(い)のコトバの力によってそれを引き出すことができます。それが私の喜びです。生き甲斐(がい)です。使命です。私の運命は、こうして善なる方向へ着々と形成されていくのです。
 この真理を教え給う愛なる神さまに、満腔(まんこう)の感謝をささげます。ありがとうございます。』(pp.213-214)

『現象世界にそれがまだ充分映(うつ)し出されていなくとも、私は真・善・美の“痕跡(こんせき)”を見つけ、身(しん)・口(く)・意(い)のコトバの力によってそれを引き出すことができます。それが私の喜びです。生き甲斐(がい)です。使命です。私の運命は、こうして善なる方向へ着々と形成されていくのです。』
 
とありますように、私たちは「コトバの力」で、私たちの周囲に速やかに地上天国を、極楽浄土・仏国土を建設できるのです。
 そのために、 「生長の家」では、毎日『日時計日記』(生長の家白鳩会総裁・谷口純子先生監修:生長の家刊) を書くことをお薦めしています。

 太陽の輝く時刻のみを記録する「日時計」。
 そんな日時計と同様に、毎日の明るい出来事や希望のみを記録するための日記帳、それが『日時計日記』です。
 日々、明るい言葉を書き続けることにより、その「コトバの力」によって、毎日が明るく充実してまいります。

 2007年から毎年発刊されているこの日記帳は、人生の光明面のみを見る「日時計主義」の生き方を実践するために、 「生長の家」の信徒に愛用されてきました。
 2018年版の上巻は1月から6月まで、下巻は7月~12月まで毎日欠けるようになっています。今から「2018年版の下巻」を購入されますと、あと半分(3ヵ月分)書けますので、この機会に是非どうぞ!

 たちまちあなたの周囲に、地上天国・極楽浄土・仏国土が展開されることでしょう。

 なお、上下巻2冊の『日時計日記』より一回り大きいA5判で丈夫な上製本の『日時計日記(自由版)』もあります。
 縦書き、横書きのいずれも可能ですし、日付もフリーで、こちらはいつからでも書き始められます。絵やイラストを描くなど、スペースを大きく自由に使うことができます。

 「生長の家」は「コトバは神(仏)なり」というこの真理に立脚し、良いコトバを駆使して「神の創造された自然と人間の大調和した世界」を地上に顕現するために、人類光明化運動・国際平和信仰運動を展開しています。
 また“美しい地球”を次世代に継承すべく、地球環境問題に積極的に取り組んでいます。

 このように「生長の家」は「世界平和」実現、地上天国建設という大神様の御心の実現のために立教され、生長の家創始者・谷口雅春先生前生長の家総裁・谷口清超先生、そして生長の家総裁・谷口雅宣先生のご指導をいただいて、着々とその使命を果たしてきました。いよいよ21世紀は、その理想実現の世紀です。

 今、 「生長の家」 がこの至高の真理の宣布と共に、「世界平和」を実現し、次世代に“美しい地球”を継承していくために日常生活で何が必要かを明確に知っていただくために、ぜひ「生長の家」の「環境方針」を熟読・味読ください。

 また、日常生活での具体的な実践として、次の3つの活動をお薦めしています。

 ・「ノーミート、低炭素の食生活」

 ・「省資源、低炭素の生活法」

 ・「自然重視、低炭素の表現活動」

                   (牧野尚一:2018.09.26)

2018年9月23日 (日)

布教功労物故者追悼慰霊祭

 9月23日、生長の家国際本部“森の中のオフィス”イベントホールにおきまして「布教功労物故者追悼慰霊祭」が執り行われました。

 生長の家人類光明化運動・国際平和信仰運動への生前のご貢献に深く感謝申し上げて、聖経『甘露の法雨』を読誦させていただきました。新たに合祀されました御霊様の中には、私のよく知る方々も多数おられ、生前のご活躍に改めて深く感謝申し上げました。

 御祭りの最後に生長の家総裁・谷口雅宣先生からお言葉を賜り、深く感銘いたしました。ありがとうございます。詳しくは機関誌等で発表いただけると存じます。

 生長の家総裁・谷口雅宣先生、白鳩会総裁・谷口純子先生のご指導の元、顕界・幽界力を合わせまして、 「生長の家」の人類光明化運動・国際平和信仰運動に更に邁進させていただくことを、改めて決意させていただきました。合 掌

                      (牧野尚一:2018.09.23)

生長の家講習会のご案内(9月・10月)

 「生長の家」の教えとはどのようなものなのか知りたい、学びたいとお考えの方は、是非「生長の家講習会」にご参加ください。全国59会場で2年に1度開催される講習会では、 生長の家総裁・谷口雅宣先生、生長の家白鳩会総裁・谷口純子先生のご講話を直接聴くことができます。また、信徒の体験談や聖歌の合唱なども行われて、1日ゆったりと教えを学ぶことができます。

 開催教区以外の方、信徒でない方も自由に参加できます。日時と会場をご確認の上、ぜひご参加ください。

◆講習会日程◆

◎2018年9月の予定

 30日(日) 千葉・茨城

       千葉市 メイン会場  幕張メッセ国際会議場 
       松戸市 松戸会場   松戸市民会館 
       千葉市 教化部会場  生長の家千葉県教化部 
       ひたちなか市 ひたちなか会場 ひたちなか市文化会館 
       つくば市 つくば会場 つくば国際会議場 
       古河市 古河会場   スペースU古河 

  ※上段3会場については千葉県教化部へ、下段3会場は茨城県教化部 へお問い合わせください。

◎2018年10月の予定

 14日(日) 熊本・大分

      上益城郡 メイン会場 グランメッセ熊本 
      宇佐市  県北会場  宇佐ホテルリバーサイド 
      杵築市  杵築会場  杵築市健康福祉センター 
      別府市  別府会場  ホテルさわやかハートピア明礬 
      大分市  大分会場  全労済ソレイユ 
      由布市  挾間会場  はさま未来館 
      大分市  大分東会場 大分県総合社会福祉会館 
      臼杵市  県南会場  臼杵市中央公民館 

  ※上段1会場については熊本県教化部へ、下段7会場は大分県教化部へお問い合わせください。

※時間はいずれも午前10時〜午後2時です。

※詳細は、最寄りの生長の家教化部へお問い合わせください。

◆講習会テキスト◆

谷口雅春先生『新版 光明法語〈道の巻〉』

谷口雅宣先生『凡庸の唄』

                      (牧野尚一:2018.09.23)

2018年9月22日 (土)

「世界平和」の実現を目指して

 「生長の家」の人類光明化運動・国際平和信仰運動は何を目指しているかといえば、次の祈りに集約されています。

「神の無限の愛、吾に流れ入り給いて、愛の霊光燦然と輝き給う。その光りいよいよ輝きを増して全地上を覆い給い、すべての人々の心に愛と平和と秩序と中心帰一の真理を満たし給う。」

 「生長の家」では、 「世界平和の祈り」と名づけ、神想観と共に日々実修しています。

1.世界平和の祈り

 即ち、 「生長の家」=「世界平和」の実現を目指す運動、と理解していただくと分かりやすいと思います。それが分かりますと、 「生長の家」の運動のすべてが分かります。

 「世界平和の祈り」の実修を提唱された生長の家創始者・谷口雅春先生 『新版 詳説 神想観』(日本教文社刊)をまずご紹介しましょう。小見出しは「世界平和の祈り」です。

『如何に全世界の状態が悲観的に前途不安のように見えようとも吾々は楽観的な人類互いに愛深き楽観的な言葉をのべ合わねばならないのであります。人類相互の楽観的な思想が普及されれば普及される程、すでに天国にあるところの平和なる人類兄弟相愛の世界がより早く実現するのであります。』(p.228)

 物事を悲観的に見る見方と、楽観的に観る見方がありますが、 「生長の家」は「唯神実相」の教えですので、既に神によって完全円満・永遠不滅に創造され、「今」も無限生長・無限創造を続けている「実相世界」の独在を観ますので、常に明るく肯定的、楽観的な見方となります。

 人類すべてを「神の子」と礼拝し、生きとし生けるもの、ありとしあらゆるもの、動物も、植物も、鉱物も、大自然も、地球も、大宇宙もすべて「神様(大生命)」の顕現とみるのですから、これほど明るく、これほど雄大な教えはありませんね。

2.神の世界(実相世界)は、今、此処に、既にある

 天国は、極楽浄土・仏国土は、「今」「此処に」「既に」実現していると観るのですから、これほど強い真理はありません。観ずるとき、それは実現して、速やかに天国、極楽浄土・仏国土がまずあなたの周囲に実現します。

 谷口雅春先生著『新版 生活の智慧365章』(日本教文社刊)には、

『九州の鹿児島だか宮崎だかの講習会で、こんな体験談を述べた人があった。
  一所懸命(いっしょけんめい)、自分の結核を治したいと思って神想観と祈りとを続けていたが、中々治らなかった。或る日、彼は神誌を読んでいるうちにふと気がついたのであった。「自分は自分の病気を治すことばかりを念じて神想観をしていたが、それは一種の利己心の表現でしかなかった。利己心を去ったとき、其処に神の救いがあらわれるのである」そう考えてこの人は、もう自分の肺結核を治そうと云う考えを棄ててしまった。そうして神想観をするときには主として“世界平和の祈り”を念じたのであった。--

「神の無限の愛われに流れ入り給いて、われに於て愛の霊光燦然と輝き給う。その光愈々輝きを増して全地上を掩い、全ての人類の心に愛と平和の想いを以って満たし給うのである。」

 この祈りを毎日つづけていたが、或る日ふと気がついて見ると肺結核が完全に癒されているらしいので、医師にレントゲン検査をして貰ったが、結核の痕跡は全然消えてしまっていたのであった。』(pp.137-138)

 不思議な話のようですが、 「実相世界」は個人が個々分離した世界ではなく、すべてが渾然一体融和して大調和している世界ですから、その世界そのものを祝福礼拝して、全世界の平和を祈るとき、一番「実相世界」に波長が合うことになりますので、いつの間にか個人の実相も開顕し、病が消えたというわけです。

 同じく、 谷口雅春先生著『無限供給の扉を開く』(日本教文社刊)には、道行く人をすべて祝福した人の体験が紹介されています。
 貧しそうな人には豊かな実相を、病の人には健康の実相が実現していることを祝福してあげましたら、自身の胃痛は消え、彼に適した仕事も与えられて、快活に豊かに生活できるようになったということです。

 この話の後に『無限供給の扉を開く』(日本教文社刊)では、 谷口雅春先生が次のように書かれています。小見出しは「世界平和の祈りは自分にも報いてくる」です。

『このような体験実例から考えてみるとき、他の人々の幸福や健康や裕かさのために祈ってあげると云うことが、如何に重大なことであり、自分にも幸福をもたらすものであることがわかるのである。朝となく夕となく、時間ある毎に、人々のために愛念と祝福の祈りを送る--これはその人自身にとっては一種の霊的訓練であり、自分の霊魂を愛他的に浄化し、自分の霊魂を高めることになるのである。では、私たちが、世界平和のために、毎朝また毎夕、または暇ある少時間を利用して次の如く祈ると云うことは、如何に自己の魂を浄め高め、他を平和に幸福にするかと云うことは、もう論ずる必要もないのである。では常に次の如く毎朝夕祈りましょう。

“神の無限の愛、吾に流れ入り給いて、愛の霊光燦然と輝き給う。その光いよいよ輝きを増して全地上を覆い給い、すべての人々の心に愛と平和と秩序と中心帰一の真理を満たし給う”』(p.133)

3.すべての人々の心に愛と平和と秩序と中心帰一の真理を

 「法華経」には、昔、街行く人をすべて合掌礼拝した「常不軽菩薩(じょうふきょうぼさつ)」の話が出てきます。常にすべてを礼拝して、何ものをも軽んじなかった菩薩がいた、というわけです。
 その話をされていたお釈迦様が、実は一切を礼拝したその功徳で常不軽菩薩が生まれ変わってここにいるのが即ち私、釈迦牟尼世尊である、と仰ったということです。お釈迦様の前世のお姿が、常不軽菩薩だっというわけです。

 すべてを礼拝する人は、そのまま既に「仏」であります。

 谷口雅春先生は、 『新版 栄える生活365章』(日本教文社刊) で次のように書かれています。

『常に人々を祝福する想念を放送せよ。神想観のときは無論のこと、電車に乗っていても、道を歩いていても、机に向っていても、無駄な想念を起すかわりに、人々を祝福する想念を起すようにするならば、その想念は、(特定の人を名指さない時は)全人類のうちのその想念を感受し易い人の潜在意識に受信されて、その人に何らかの恵福を与えると共に、そこに種子をおろして増幅して、その祝福が自分に帰って来ることになるのである。如何なる小さき「善き想念」も決して永久に失われるということはないのである。何故なら吾々の「善き想念」は実在の世界に存在する「善き想念」の延長であるから、“永遠の実在”として働きつづけるのである。これに反して「悪しき想念」は吾々が光の方に振り向けば消えてしまう。何故ならそれは「実在の世界」には存在しない根無し草であるからである。』(pp.212-213)

 常不軽菩薩の如く、常住、神に、大自然に、全人類に感謝し、礼拝・讃嘆・祝福いたしましょう。

 谷口雅春先生の『新版 詳説 神想観』(日本教文社刊)の先程の続きに戻りますと、

『何時の時代においても、肯定的な愛と光明と人類相愛の言葉を普及するほど必要なことは外にないのであります。それはキリストの愛と、釈迦の慈悲とが教えるところの真理を信ずるところの吾々真理の使徒達が是非とも行なわなければならないところの、最大の急務だと言わなければならないのであります。
 私の選んだ光明思念の簡単な言葉を次に掲げることに致します。 

「神の無限の愛、吾に流れ入り給いて、愛の霊光燦然と輝き給う。その光りいよいよ輝きを増して全地上を覆い給い、すべての人々の心に愛と平和と秩序と中心帰一の真理を満たし給う。」

 また「浄円月観」を行なった後、

「神の無限の愛、吾に流れ入り給いて愛の霊光燦然と輝き給い、吾れに浄円月の雰囲気漂う。浄円月の雰囲気いよいよその輝きを益して全地上を蔽い、全人類をして愛と平和の想いを満たし給う」

と繰返し念ずるのが好いのであります。』(pp.228-229)

 日々「世界平和の祈り」を祈らせていただきましょう。

 生長の家総裁・谷口雅宣先生『生長の家ってどんな教え?』(生長の家刊) にも153頁から158頁まで、 「世界平和の祈り」等に関しまして素晴らしいご指導をいただいていますので、ぜひ熟読・味読ください。

4.「世界平和」実現に直結する地球環境問題

 「世界平和」の実現が「生長の家」の立教の使命と分かりますと、今、地球全体で深刻さを増している環境汚染の速やかな解決が喫緊の課題の一つであることが分かります。

 原子力発電や化石燃料を使うことで環境を汚染していては、とうてい次世代に“美しい地球”を引き継ぐことは難しくなります。

 「生長の家」は「天地一切のものが神(仏)」というこの真理に立脚し、 「神の創造された自然と人間の大調和した世界」実現のために、 「世界平和」実現のために地球環境問題に積極的に取り組んでいます。

 「生長の家」は「世界平和」実現、地上天国建設という大神様の御心の実現のために立教され、生長の家創始者・谷口雅春先生前生長の家総裁・谷口清超先生、そして生長の家総裁・谷口雅宣先生のご指導をいただいて、着々とその使命を果たしてきました。いよいよ21世紀は、その理想実現の世紀です。

 今、 「生長の家」 がこの至高の真理の宣布と共に、 「世界平和」を実現し、次世代に“美しい地球”を継承していくために日常生活で何が必要かを明確に知っていただくために、ぜひ「生長の家」の「環境方針」 を熟読・味読ください。

 また、日常生活での具体的な実践として、次の3つの活動をお薦めしています。

 「ノーミート、低炭素の食生活」

 ・「省資源、低炭素の生活法」

 ・「自然重視、低炭素の表現活動」

                     (牧野尚一:H30.09.22)

2018年9月19日 (水)

動植物を愛す

 前生長の家総裁・谷口清超先生には沢山のご著書がありますが、その一冊に『伸びゆく日々の言葉』(日本教文社刊)があります。
  1月1日から12月31日まで、珠玉の真理のお言葉が綴られた366日の箴言集です。(2月29日もあります)

1.いのちを可愛がることが人間のつとめ

 九月の章は「自然に恵まれて」です。 「九月十五日 動植物を愛す」には、次の様にあります。

『どんなに小さないのちでも、それを助けるのは喜びである。一匹の魚でも、タコでも、カニでもトカゲでも、むやみに殺してはいけない。犬でも、猫でも、可愛がることが人間のつとめだ。樹でも人や獣から害されると、それを逃れるために、動物が食べると害になる成分を産出するという。コアラがユーカリの樹の葉ばかりたべるので、ユーカリの葉はコアラを害する成分を出すようになる。それ故コアラは、あまり強い動物には育たず、繁殖力も弱まって来る。人間が強くたくましく、伸々と生長し、さらに一層幸福になるには、諸々の動物植物を愛することだ。できるだけ傷つけず、助け育て救うようにしよう。』(p.207)

 ユーカリの樹には、そんな働きがあるのか、と感心して拝読しておりましたら、『読売新聞』2018年9月14日32面に、『植物内の「緊急連絡」解明』とありました。サブタイトルは、『葉に虫食い→消化不良で、対抗』です。

 それによりますと、植物が虫に食べられて傷ついた際に、ほかの葉や根にもその情報を素早く伝えて防御機能を高める仕組みを、埼玉大などの研究グループが突き止めたと発表したとのことでした。その論文は14日の米科学誌『サイエンス』に掲載されるそうです。

 植物の葉が虫に食べられると、数分以内にその植物全体で、虫が消化不良を起こす物質の合成を促す植物ホルモンが作られることは、これまでの研究で分かっていたそうです。ただ、動物のように脳や神経を持たない植物が、傷ついたことをほかの部分にどうやって伝えるのかは不明でした。

 埼玉大の豊田正嗣・准教授(生物物理学)らが雑草のシロイヌナズナの内部の物質濃度を調べたところ、虫に食べられた部分で、うまみ成分の一種として知られる「グルタミン酸」の濃度が急上昇することが判明。それに伴い、隣り合う細胞でカルシウムイオンの濃度上昇が次々と起こり、毎秒約1ミリ・メートルの速度で伝わることが分かったということです。

 カルシウムイオンは植物ホルモンの合成に必要な酵素を活性化する役割を果たしているということです。

 木下俊則・名古屋大教授(植物生理学)は「神経を持たない植物が、食害された葉から全体にその情報をどのように伝達するのかという謎を明らかにした画期的な成果だ」と話しているそうです。

◎ 植物が傷を受けたことを伝える仕組みは

  ① 虫が葉を食べた部分でグルタミン酸の濃度が上昇します

  ② ほかの葉や根ではカルシウムイオンの濃度が上昇します

  ③ 消化不良を起こす物質が植物全体で作られる

 ということで、すごいメカニズムですね。

 植物も動物も「神の生命」の顕現、いのちそのものと「生長の家」では観るのです。

2.諸々の動物植物を愛すること

 さて、動物のように脳や神経を持たない植物でもこうですから、脳や神経をもった牛や豚、鶏はどうでしょう。

 生長の家創始者・谷口雅春先生は、ご著書『新版 心と食物と人相と』(日本教文社刊) で次のように書かれています。

『(前略)日本人の食生活が変り、肉食度が増加した結果、動物食には、動物が殺される時の恐怖や怨恨や憤怒の感情が動物の腺組織を刺戟して発生した毒性のホルモンが、動物の屍骸の肉体の中には含まれているので、その屍肉を食する人間には、殺害されつつある動物の、殺害者に対する闘争の感情を掻き立てる毒素が、食肉者に経口的に移入せられるのです。これらの毒素は肝臓(胆)によって処理して無毒化されるしくみになっているのだけれども、あまりその毒素の量が多くなると肝臓はその処理にくたびれて、処理不能となり、その結果その人間は、肉食動物のごとく短気になり、少しの事でも興奮して、相手を殺傷しても平気であるような気質が養成せられるのであります。(後略)』(pp.48-49)

 宗教者のみならず、すべての人々が肉食を避ける必要があるのは明白ですね。

 谷口清超先生著『伸びゆく日々の言葉』(日本教文社刊)「九月十五日 動植物を愛す」の最後は、次の様にありました。

『人間が強くたくましく、伸々と生長し、さらに一層幸福になるには、諸々の動物植物を愛することだ。できるだけ傷つけず、助け育て救うようにしよう。』(p.207)

 このように「生長の家」は肉食を避けています。

 生長の家創始者・谷口雅春先生は青年時代から肉食をされませんでした。詳しくは、 谷口雅春先生の以下のご著書等をご覧下さい。

  『新版 心と食物と人相と』(日本教文社刊)

  『新版 幸福生活論』(日本教文社刊)

  『女性の本質』谷口雅春著作集第3巻(日本教文社刊)

 生長の家総裁・谷口雅宣先生は、肉食を避けることを運動としてご指導くださっています。その事を沢山のご著書に書かれていますが、以下はその一部です。

  『今こそ自然から学ぼう――人間至上主義を超えて――』(生長の家刊)

  ・『足下から平和を--From Here to Peace--』(生長の家刊)

  ・『宗教はなぜ都会を離れるか?――世界平和実現のために――』(生長の家刊)

  ・『肉食と世界平和を考えるⅠ』(監修は「生長の家国際本部」)

  ・『肉食と世界平和を考えるⅡ』(監修は「生長の家国際本部」)

 肉食は、単に栄養面でも問題があるだけでなく、森林伐採や食料となる穀物を飼料とすることによって地球環境や飢餓の問題を大きくする弊害ももっています。

 ぜひ、谷口雅春先生、谷口清超先生、谷口雅宣先生のご著書を熟読・味読されまして、少しでも肉食を減らしましょう。

                     (牧野尚一:H30.09.19)

2018年9月18日 (火)

緑の光線

 先日、NHKのBSTVで『緑の光線』を観ました。
 wikipediaでの紹介は以下の様にありました。

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 『緑の光線』(みどりのこうせん、Le Rayon Vert)は、エリック・ロメール監督による1986年のフランス映画。1986年、ヴェネツィア国際映画祭・金獅子賞受賞作品。

 同監督の「喜劇と格言劇」シリーズ第5作。引用された詩は"Ah,que le temps vienne...Où les cœurs s'éprennent " (ランボー)

ストーリー

 オフィスで秘書をしているデルフィーヌは20歳も前半、独りぼっちのヴァカンスを何とか実りあるものにしようとする。恋に恋する彼女の理想は高く、昔からの男友達も、新たに現われた男性もなんとなく拒んでしまう。ヴァカンスを前に胸をときめかせていた。7月に入って間もない頃、ギリシア行きのヴァカンスを約束していた女ともだちから、急にキャンセルの電話が入る。途方に暮れるデルフィーヌ。周囲の人がそんな彼女を優しく慰める。女ともだちのひとりが彼女をシェルブールに誘ってくれた。が、シェルブールでは独り、海ばかり見つめているデルフィーヌ。8月に入り山にでかけた彼女は、その後、再び海へ行った。そこで、彼女は、老婦人が話しているのを聞いた。ジュール・ヴェルヌの『緑の光線』の話で、太陽が沈む瞬間に放つ緑の光線は幸運の印だという。「太陽は赤・黄・青の光を発しているが、青い光が一番波長が長い。だから、太陽が水平線に沈んだ瞬間、青い光線が最後まで残って、それがまわりの黄色と混ざって私たちの目に届く」という。もちろん、それを見た者は幸福を得られる。何もなく、パリに戻ることにした彼女、駅の待合室で、本を読むひとりの青年と知り合いになる。初めて他人と意気投合し、思いがけず、自分から青年を散歩に誘う。海辺を歩く二人の前で、太陽が沈む瞬間、緑の光線が放たれたのだった。

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 この映画でまず印象的だったのは、上映時間が98分ですが、その中で6分間超の食卓での会話でした。

 シェルブールの女友達に誘われ、その家族達がデルフィーヌを真ん中に明るい日射しの庭先で食事をしています。女友達の兄弟姉妹なのでしょうか、二組の夫婦とその幼い子供たち二人、そして女友達のカップルです。

 食事をしながらの会話は、デルフィーヌと大人達6人、計7人の率直な会話で6分間超、飽きさせませんでした。

1.人間の体は その人が食べた物で作られている

 『緑の光線』で印象に残った1つ目は、デルフィーヌの次のような言葉でした。

 目の前に出された大きなお皿のポークソテーに、デルフィーヌは「肉は食べないの」と言います。「動物は食べないのか?」という質問に、

デルフィーヌ「そうね  だって動物は… 食べるべきじゃないと思う 特に血が赤い動物」

 じゃあ、サラダは? 「収穫すると しおれて死ぬ」という意見には、

デルフィーヌ「それとこれとは違うわ 私にとってサラダ菜はーー 遠い存在なの
  肉や動物たちは 生き物として自分に近い
  サラダ菜は どちらかと言うと 友達って感覚ね ずっと軽くて…  お肉みたいに重くない
  血がない
  心臓もない   
  何を食べるかは 本能的な問題だわ」

 すると若い頃、精肉店で働いたことのある一人が、
 「似たことを 思ったことがある
  今はスーパーで買うし 何も感じないけどね」と言います。

デルフィーヌ「つまり すべては 意識と無意識の問題なのよ
  無意識ゆえに お肉を食べられるとしたら 間違っている
  動物を殺していることを 意識すべきだわ
    あなたは精肉店で そのことを意識した
  流れる血とか暴力とか…
  でも その感覚を 失ってしまった
    何か物を買う時… その感覚を 失うべきじゃなかったと思う」

  更に、こうも言っています。

デルフィーヌ「肉を食べなくても フランスでは生きていける
  ほかに食べ物は たくさんある
  問題は意識のことだけで 食べ物には困らない
  ほかの物を食べればいい 経済的にも…」

 「フランス」を「日本」に置き換えてもよいですね。豊かな実り多い日本では食材は豊富です。

 「経済的には どうかな」との質問には、

デルフィーヌ「安上がりよ 肉は高いもの 毎日 シリアルを食べるほうが安い
  もっと大きな意味でもーー
  牧場で牛を育てるのは お金がかかる
  (私たちが)草を食べるほうが安いわ」

 実は、肉の値段そのものが高いこととともに、もう一つ大きな問題があります。
 食肉用の牛や豚等を育てるには穀物を与えて太らせますが、

  牛肉1㎏当たり、穀物は7㎏が必要です。
  豚肉1㎏当たり、穀物は4㎏が必要です。
  鶏肉1㎏当たり、穀物は2㎏が必要です。
  魚肉1㎏当たり、穀物は1.8㎏が必要です。
   (谷口雅宣先生著『足下から平和を』171頁より)

 つまり、一見肉食は動物の肉を食しているようで、実は大量の穀物を消費していることにもなります。
 森林伐採して穀物を育ててそれを飼料とするのですから、それだけでも大変なお金もかかりますし、何よりもこれだけの穀物を飼料にまわさず、世界中で飢えている人々に供給すれば、餓死者や栄養失調の子供たちがどれだけ救われることでしょう。肉食を少しでも減らすことには、こういう世界的規模の問題にも大きく貢献できるのです。

 一遍に肉食を止めることが出来ない場合は回数を減らしたり、肉の中でも飼料を多く消費する肉から順次下げて、なるべく飼料の少ないものを選ぶと良いですね。

 「そのうち衰弱死するぞ」という忠告には、

デルフィーヌ「そんなことない 自分を軽やかに感じる サラダなんかを食べて…
  空気みたいに軽くて さわやかよ

  空気というのは屋外じゃなく 体が感じることなの
  人間の体は その人が食べた物で作られている
  空気と食べ物が体を作っている
  人間が生きていけるのは 食べ物のおかげ」

 まったくそのとおりで、健全な食物は健康な体をつくり、怒りや悲しみの中で殺害された牛や豚等の動物たちを食していると、健康を損なうことになりますね。

 ジョークで、花びらのいっぱい入った平たい大きなお皿を(どうぞ食べて)とさし出されると、

デルフィーヌ「お花の料理ね からかってるの?
  花も食べられない  やっぱり本能の問題ね
  私が花を食べないのは…
  もちろん米は食べるわ  でも お花は食べない
  私にとって 花は詩であり絵画なの」

  「花は詩であり絵画なの」とは、良い言葉ですね。


 「生長の家」も肉食を避けています。

 生長の家創始者・谷口雅春先生は青年時代から肉食をされませんでした。詳しくは、谷口雅春先生の以下のご著書等をご覧下さい。

  ・『新版 心と食物と人相と』(日本教文社刊)

  ・『新版 幸福生活論』(日本教文社刊)

  ・『女性の本質』谷口雅春著作集第3巻(日本教文社刊)


 生長の家総裁・谷口雅宣先生は、肉食を避けることを運動としてご指導くださっています。その事を沢山のご著書に書かれていますが、以下はその一部です。

  『今こそ自然から学ぼう――人間至上主義を超えて――』(生長の家刊)

  ・『足下から平和を--From Here to Peace--』(生長の家刊)

  ・『宗教はなぜ都会を離れるか?――世界平和実現のために――』(生長の家刊)

  ・『肉食と世界平和を考えるⅠ』(監修は「生長の家国際本部」)

  ・『肉食と世界平和を考えるⅡ』(監修は「生長の家国際本部」)

 肉食は、単に栄養面でも問題があるだけでなく、森林伐採や食料となる穀物を飼料とすることによって地球環境や飢餓の問題を大きくする弊害ももっています。

 ぜひ、 谷口雅春先生、谷口雅宣先生のご著書を熟読・味読されて、少しでも肉食を減らしましょう。

2.緑の光線

 さて、私にとって二つ目に印象に残ったことは、文字通り自然現象としての「緑の光線」そのもののことです。

 私は日本海側の海沿いの街、新潟市に生まれ、育ちましたので、夕日はもう数えきれないほど見ています。が、不明にしてそのような現象があることをまったく知りませんでした。

 目撃していたのかもしれませんが、そういう目と意識を持っていなかったので記憶には一切ありません。

 また、夕日は、実際は水平線の彼方に沈んでいて、光線だけがあたかもそこに夕日があるかのように見せているだけ、という事もこの映画で知りました。

 というわけで、今度帰省したときには、それらのことも頭に入れながら今まで同様夕日の美しさを堪能しつつ、 「緑の光線」も見てみたいものと楽しみにしています。

                     (牧野尚一:H30.09.18)

2018年9月16日 (日)

神秘なめぐりあい

 前生長の家総裁・谷口清超先生には沢山のご著書がありますが、その一冊に『伸びゆく日々の言葉』(日本教文社刊)があります。
  1月1日から12月31日まで、珠玉の真理のお言葉が綴られた366日の箴言集です。(2月29日もあります)

1.自然の力

 九月の章は「自然に恵まれて」です。 「九月十九日 自然の力」には、次の様にあります。

『動物園で飼育されている動物は、代々繁殖を続けることが難しくなり、絶滅の方向に進んでいる。そのため、いかに手厚く保護し、食糧に気をくばっても、出生率が落ちてくるのである。ところが汚染されない自然の環境で生活している動物は、いかに環境条件がきびしくても、元気よく繁殖して行く。それは「自然」の中に生命の根元にふれる「神性」があるからだ。即ち「自然」とは、現象の自然の奥にある「実在の自然」であり、それを人間が限定すればする程、動植物は衰退に近づくのである。自然を大切にしよう。』(p.210)

 ここにご指導いただいてありますように、物質の世界と見えている『「自然」とは、現象の自然の奥にある「実在の自然」』であり、「山、山にあらず、これを山という」宗教的把握が大事ですね。

 「生長の家」が真剣に取り組む地球環境問題とは、この宗教的理解の展開に他なりません。なぜ宗教が地球環境問題に言及するのだろう、ではなく、宗教だからこそ、「自然」は実は「神の生命の顕現」に他ならないとの宗教的理解があればこそ、「神・自然・人間の大調和世界」実現に邁進するわけです。

 自然を単なる物質として見る見方を唯物論といい、 「生長の家」の見方の対極にある考え方で、それは宗教とはいえません。

2.山の静かさ

 『伸びゆく日々の言葉』の「九月二十六日 山の静かさには、次の様にあります。

『自然を破壊してはならぬ。山は仏であり、その静寂(せいじゃく)の中に、仏の言葉をきくのだ。山を単なる物質だと思い、それを切りくずし、樹木を濫伐(らんばつ)していると、台風などによってひどい災害をうける。平素からいためつけたむくいである。自然は「観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)」のように、人間の心を正直にうつし出してくれる。それを愛すれば、愛し返すが、傷つければ、刃をもって立ち向う。ある信仰の山に登ったとき、その奥山でスピーカーから流行歌が鳴りひびいていたが、痛々(いたいた)しいまでの人心の荒廃だ。山は、静寂でありたいものである。』(pp.214-215)

 山は、森は、自然は仏であるとお教えいただいています。山も、川も、そして海も、地球も宇宙も、すべて「神の大生命」の顕現です。

3.動物と植物

 『伸びゆく日々の言葉』の「九月二十八日 動物と植物」には、次の様にあります。

『人間は動物を愛し保護しなければ、幸福な生活を維持できない。何故なら人間は動物の住みやすい環境で、彼らと兄弟のように愛し合い、助け合って生きるように作られているからである。この動物たちは、植物がないと育たない。砂漠で生きる動物はごく限られている。その上、植物の出す酸素を吸って生きるのである。さらに植物は、人間及び動物の健康に必要なある種の成分を分泌してくれる。それ故人間は、もっと動植物の環境を大切にし、その恩恵に感謝しつつ暮さなければならない。人間が傲慢(ごうまん)になり、ひとりよがりになる時、やがて人間は地球から追放されるであろう。』(p.216)

『人間は動物の住みやすい環境で、彼らと兄弟のように愛し合い、助け合って生きるように作られているからである。』

 とご指導いただいていますように、神の子・人間と動物、植物、鉱物は、それぞれ処を得て大調和して助け合って生存し、存在しています。人間だけが傲慢に動植物を、鉱物を痛めつけていては、 『人間は地球から追放されるであろう。』となりかねませんので、真剣に地球環境問題に取り組む必要があります。

 『日本経済新聞』2018年9月16日朝刊1面に、 『丸紅、石炭火力の開発撤退 再生エネにシフト』とありました。

 それによりますと、丸紅は石炭火力発電所の新規開発から撤退するということです。すでに保有する石炭火力発電所の権益も2030年までに半減させるとのこと。丸紅は二酸化炭素(CO2)排出量が多い石炭火力事業の比率を減らし、成長分野である再生可能エネルギーの開発に人材や資金をシフトするというのですから、素晴らしいですね。環境配慮などを企業に求める「ESG投資」の広がりを受け、世界で脱石炭の動きが加速していますね。

 丸紅は出資比率に応じた出力で世界に計300万キロワット分の石炭火力発電の持ち分を保有しており、原子力発電所3基分に相当する規模ですが、この持ち分を30年までに資産の入れ替えなどで半分に減らすとのこと。国内外で参画している十数件の石炭火力事業のうち、すでに数件で売却交渉に入ったそうです。

 さらに石炭火力向けの新規開発は原則として行わず、人材や資金を太陽光発電など再生エネにシフトし、発電出力に占める再生エネの比率を足元の1割から23年までに2割に伸ばす予定とのこと。

 丸紅は世界で計1200万キロワット分の発電所の持ち分を保有しており、日本の総合商社は安定収益源として世界で電力事業を進めている中で丸紅は最大規模だそうで、出力の合計は中国電力より大きい由。

 世界の機関投資家は環境負荷の高い企業の株式を買わないESG投資にカジを切っています。アイルランド政府系ファンドが化石燃料企業に関連する資産を5年以内に売却するなど、石炭火力発電の比率が高い企業は市場の圧力にさらされているそうです。

 欧米の発電大手は脱石炭火力で先行しており、仏エンジーは15年、新規で石炭火力発電所を開発しないと発表し、スペインのイベルドローラも25年までに撤退するとしているとのこと。

 このように、積極的にCO2削減に向けの行動が世界的スケールで活発化していることは素晴らしいことですね。

 ちなみに「ESG投資」とは、
「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」の3つの英単語の頭文字を組み合わせた造語で、企業に投資する際、利益率やキャッシュフローなどの数値情報で判断せず、3要素に照らして「優れた企業」を選ぶのがESG投資だということです。

 利益などの財務諸表が過去の成績を示すのに対し、ESGに優れた企業は社会の発展に貢献し、将来も持続的に成長するという考えが根底にあり、実際、長期的なリターンについてはESG投資が勝るというデータもある由。

 2006年に国連が「責任投資原則(PRI)」の考えを提唱したことで普及し、現在世界の2000近い機関投資家がPRIに署名しており、資産残高は約2500兆円とのこと。日本でも、160兆円を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が、2017年から1・5兆円を振り向けているとのことです。

 以下の3つの要素でチェックするというわけです。

◎「Environment(環境)」
  ・環境破壊・汚染の回避
  ・事業活動での二酸化炭素(C02)削減
  ・環境ビジネスの展開

◎「Social(社会)」
  ・人材のダイバーシティー推進
  ・労働環境の改善
  ・社会貢献

◎「Governance(企業統治)」
  ・法令の順守
  ・透明性の高い公平な統治体制
  ・積極的な情報開示

※ 以上「ESG投資」の説明は、『日本経済新聞』2018年9月16日朝刊3面「きょうのことば」より。

4.神秘なめぐりあい

 谷口清超先生著『伸びゆく日々の言葉』「九月三十日 神秘なめぐりあい」には、次の様にあります。

『植物と動物は、お互いに助け合っている。植物の出す酸素を動物が呼吸し、動物の出す炭酸ガスを植物は利用する。新緑が芽生えるから、地球の酸素量が保全され、人間も動物も生活できるのである。太陽が照り、雨が降り、そして植物が育ち、動物も人間も生きて栄える。全てがお互いに助け合い、与え合い、補い合っているこの神秘なめぐり合いに、心から感謝しよう。すると限りないいのちの悦びが、新しい緑の枝や葉の一枚一枚から伝わって来る。その感動が強ければ強い程、人の心も悦びにふくらみ、幸せとなるのである。』(p.217)

『全てがお互いに助け合い、与え合い、補い合っているこの神秘なめぐり合いに、心から感謝しよう。』

 とございましたが、まったくですね。神・自然・人間が大調和し、互いに助けあい、与え合い、補い合っていることに、ただただ深く深く感謝し、礼拝し、讃嘆いたしましょう。

『すると限りないいのちの悦びが、新しい緑の枝や葉の一枚一枚から伝わって来る。その感動が強ければ強い程、人の心も悦びにふくらみ、幸せとなるのである。』

 魂の感動こそ、魂の生長に欠くべからざる最大の生命(いのち)の糧ですね。

 これが「宗教者」の生き方であり、 「生長の家」の信仰者の生き方であり、また「自然」の正しい理解の仕方です。
 「大自然」を礼拝し、感謝し、“美しい地球”を後世に伝えて行こうとすることこそが21世紀の宗教者の道でもあるわけです。

 「生長の家」は「天地一切のものが神(仏)なり」というこの真理に立脚し、「神の創造された自然と人間の大調和した世界」実現のために、地球環境問題に積極的に取り組んでいます。

 このように「生長の家」は大神様の御心の実現のために立教され、生長の家創始者・谷口雅春先生 前生長の家総裁・谷口清超先生、そして生長の家総裁・谷口雅宣先生 のご指導をいただいて、着々とその使命を果たしてきました。いよいよ21世紀は、その理想実現の世紀です。

 今、 「生長の家」がこの至高の真理の宣布と共に、次世代に“美しい地球”を継承していくために、日常生活で何が必要かを明確に知っていただくために、ぜひ「生長の家」の「環境方針」を熟読・味読ください。

 また、日常生活での具体的な実践として、次の3つの活動をお薦めしています。

 「ノーミート、低炭素の食生活」

 ・「省資源、低炭素の生活法」

 ・「自然重視、低炭素の表現活動」

                     (牧野尚一:H30.09.16)

2018年9月15日 (土)

大生命の歓喜の爆発

 生長の家創始者・谷口雅春先生には沢山のご著書がありますが、その一冊に『新版 光明法語 【道の巻】』(日本教文社刊)があります。
  1月1日から12月31日まで、珠玉の真理のお言葉が綴られた366日の箴言集です。(2月29日もあります)

 「九月の法語」は「大生命の歓喜」です。

1.大生命の歓喜の爆発

 「九月九日の法語 大生命の歓喜(かんき)」には、次のようにあります。

『大生命は内(うち)に無限の可能性を包蔵(ほうぞう)し、外(そと)に機会ある毎にその内蔵(ないぞう)する可能性を顕現(けんげん)しようとする。而(しか)して内にあるものが外に表現せられた時に歓(よろこ)びを感ずるのである。それは画家が自己の内にある美を絵に表現せられた時に歓びを感じ、音楽家が自己の内にある感情を音楽に表現せられた時に歓びを感じ、舞踊家(ぶようか)が自己の内にある生命の衝動(しょうどう)を舞踊に表現し得た時に喜びを感ずるのと同様である。大生命は森羅萬象(しんらばんしょう)を自己に内在する美と感情と衝動とを表現せんが為(ため)に造(つく)った。』(p.232)

『大生命は森羅萬象(しんらばんしょう)を自己に内在する美と感情と衝動とを表現せんが為(ため)に造(つく)った。』
 とありますように、大生命(神様)は、大宇宙を、地球を、大自然を、そして全人類、即ち神の子・人間を「歓喜」の中で創造されました。

 「九月十日の法語 無限の生長と前進」には、次のようにあります。

 『かくて大生命の創造(そうぞう)は、大生命の歓喜(かんき)の爆発(ばくはつ)であるとも言える。大生命は内(うち)に無限を包蔵(ほうぞう)する故(ゆえ)に、その表現されるものは常に一層(いっそう)大きく、一層豊かに、一層美しきものであるほかはない。それは無限の生長であり、無限の前進である。時として過去に見出すことが出来ないところの全然新しいものを創造するのである。その新しき創造はつきることはないのである。大生命は無限の新しきものを内に包蔵する。その大生命が吾(われ)らのうちに流れ入って吾らの生命となっているのだ。』(p.233)

 『かくて大生命の創造(そうぞう)は、大生命の歓喜(かんき)の爆発(ばくはつ)であるとも言える。』

 スゴイですね。大自然は、「神の子・人間」は、この宇宙創造の大生命(神様)の歓喜の爆発の中から誕生したのでした。現象宇宙のビッグ・バンもこの実相宇宙の反映かもしれませんね。

 そして、大生命(神様)は言うまでもなく「無限」そのものでいらっしゃいます。従いまして、「完全円満」「永遠不滅」であると同時に、常に「無限生長」「無限創造」のご存在です。

 常に生々化育、活気凜々たるご存在、それが神様であり、大自然の姿であり、神の子・人間の特性です。「流るる不動」の存在です。

2.神の生命の歓喜による創造

 「九月十一日の法語 新しきものの創造」には、次のようにあります。

『吾らの内に宿る生命は大生命の一部分であるが故に、大生命と同じき本性をもっている。それ故に絶えず新しきものを創造する事に生命の歓喜を感ずるのである。大生命は、吾々の一々の小生命を、創造の各々の中心として、その各々の中心に於いて新しきものを表現し、創造せしめる。吾々は各々創造の中心として新しきものの表現に創造に歓喜を感ずる。新しく伸びないもの、新しく創造しない小生命は、大生命に歓ばれることは出来ない。それは大生命のバックを受けられない。』(pp.233-234)

『(吾らは)大生命と同じき本性をもっている。それ故に絶えず新しきものを創造する事に生命の歓喜を感ずるのである。』

『新しく伸びないもの、新しく創造しない小生命は、大生命に歓ばれることは出来ない。それは大生命のバックを受けられない。』

 旧態依然として新生、進歩しない生命は、実は後退してることになります。大生命世界は、「完全円満」「永遠不滅」でありながら、交響曲の楽章が次々と発展展開して行くように「無限生長」「無限創造」していますから、十年一日のごとく進歩しない生命は、退嬰してゆくというわけです。

 「九月十八日の法語 神の生命の歓喜」には、次のようにあります。

『神は生命の歓喜によって人間を創造したのである。神は生命の歓喜によって大自然を創造したのである。美しい緑の若葉は神の生命の歓喜を物語る。牡丹(ぼたん)の豊艶(ほうえん)なる、海棠(かいどう)の幽艶なる、白百合(しらゆり)の清楚(せいそ)なる、桜の爛漫(らんまん)たる、梅花の孤峭(こしょう)なる……数えれば限りはないが、いずれも神の生命の歓喜の発露であるのである。万物は、すべて神の生命の歓喜の発露であり、表現であるが、「神の生命」そのものの発露であり表現であるのは「人間」である。人間が喜べば神が喜ぶのである。』(pp.238-239)

 神様の世界、実相世界は、「神と自然と人間が大調和した世界」ですが、それというのも、 『神は生命の歓喜によって人間を創造したのである。神は生命の歓喜によって大自然を創造したのである。』からです。神の子・人間が自然と大調和したとき、私たち神の子も喜び、大自然も喜び、すべての創り主であり親様である「神様」も喜ばれます。大自然を傷つけて、人だけが喜んでいては「神様」が喜ばれるはずはありません。神の子・人間が「神様」の御心を生きたとき、「神様」は「善き哉、善き哉」と神の子・人間を賞賛されます。

3.歓喜の創造

 「九月十九日の法語 歓喜の創造」には、次のようにあります。

『歓ばない人間は、神の生命の歓喜の出口を閉塞(へいそく)するものである。喜ばない人間は健康になることが出来ない。喜ばない人間は栄えることが出来ない。喜ばない人間は勝利することは出来ない。喜ばない人間は如何(いか)に盛んなように見えても最後に挫折するのである。イザナギの神様は「あなにやし、好乙女(えおとめ)」と歓喜して世界を創造したのである。イザナミの神様は「あなにやし、好男(えおとこ)」と歓喜して世界を創造したのである。喜ばない人間は創造することが出来ない。歓びは創造する力である。』

 これが根本的真理です。心底から「明るく」創造することです。その時、だれもが皆、最善の健康と、最善の祥福を享受できるのです。

 そのためには、心底「明るく」なるためには、何かを犠牲にしたり傷つけていては神の子・人間は喜べません。すべての人々と和解し、大自然に感謝したとき、真の創造が始まります。明るく、力強く、新価値の創造に励みましょう。

 これが「宗教者」の生き方であり、 「生長の家」の信仰者の生き方であり、「自然」の正しい理解の仕方です。
 この対極にある考え方を唯物論と言います。
 「自然」を礼拝し、感謝し、“美しい地球”を後世に伝えて行こうとすることこそが21世紀の宗教者の道でもあるわけです。

 「生長の家」は「天地一切のものが神(仏)」というこの真理に立脚し、 「神の創造された自然と人間の大調和した世界」実現のために、地球環境問題に積極的に取り組んでいます。

 このように「生長の家」は大神様の御心の実現のために立教され、 生長の家創始者・谷口雅春先生前生長の家総裁・谷口清超先生、そして生長の家総裁・谷口雅宣先生のご指導をいただいて、着々とその使命を果たしてきました。いよいよ21世紀は、その理想実現の世紀です。

 今、 「生長の家」 がこの至高の真理の宣布と共に、次世代に“美しい地球”を継承していくために、日常生活で何が必要かを明確に知っていただくために、ぜひ「生長の家」の「環境方針」を熟読・味読ください。

 また、日常生活での具体的な実践として、次の3つの活動をお薦めしています。

 「ノーミート、低炭素の食生活」

 ・「省資源、低炭素の生活法」

 ・「自然重視、低炭素の表現活動」

                     (牧野尚一:H30.09.15)

生長の家講習会のご案内(9月・10月)

 「生長の家」の教えとはどのようなものなのか知りたい、学びたいとお考えの方は、是非「生長の家講習会」にご参加ください。全国59会場で2年に1度開催される講習会では、 生長の家総裁・谷口雅宣先生、生長の家白鳩会総裁・谷口純子先生のご講話を直接聴くことができます。また、信徒の体験談や聖歌の合唱なども行われて、1日ゆったりと教えを学ぶことができます。

 開催教区以外の方、信徒でない方も自由に参加できます。日時と会場をご確認の上、ぜひご参加ください。

◆講習会日程◆

◎2018年9月の予定

 16日(日) 島根・鳥取 

       安来市 メイン会場 安来市総合文化ホール アルテピア 
       出雲市 出雲会場  平田文化館 
       大田市 大田会場  仁摩農村環境改善センター 
       益田市 益田会場  ホテルサンパレス益田 
       倉吉市 倉吉会場  倉吉未来中心 大ホール 

  ※上段4会場については島根県教化部へ、下段1会場は鳥取県教化部へお問い合わせください。

 30日(日) 千葉・茨城

       千葉市 メイン会場  幕張メッセ国際会議場 
       松戸市 松戸会場   松戸市民会館 
       千葉市 教化部会場  生長の家千葉県教化部 
       ひたちなか市 ひたちなか会場 ひたちなか市文化会館 
       つくば市 つくば会場 つくば国際会議場 
       古河市 古河会場   スペースU古河 

  ※上段3会場については千葉県教化部へ、下段3会場は茨城県教化部 へお問い合わせください。

◎2018年10月の予定

 14日(日) 熊本・大分

      上益城郡 メイン会場 グランメッセ熊本 
      宇佐市  県北会場  宇佐ホテルリバーサイド 
      杵築市  杵築会場  杵築市健康福祉センター 
      別府市  別府会場  ホテルさわやかハートピア明礬 
      大分市  大分会場  全労済ソレイユ 
      由布市  挾間会場  はさま未来館 
      大分市  大分東会場 大分県総合社会福祉会館 
      臼杵市  県南会場  臼杵市中央公民館 

  ※上段1会場については熊本県教化部へ、下段7会場は大分県教化部 へお問い合わせください。

※時間はいずれも午前10時〜午後2時です。

※詳細は、最寄りの生長の家教化部へお問い合わせください。

◆講習会テキスト◆

谷口雅春先生『新版 光明法語〈道の巻〉』

谷口雅宣先生『凡庸の唄』

                      (牧野尚一:H30.09.15)

2018年9月11日 (火)

環境と共生することに幸福を見出す生き方の創造と実践を

 北海道南西部の胆振(いぶり)地方を震源地とする最大震度7の地震で大規模な土砂災害が発生した厚真(あつま)町で10日、最後の安否不明者だった男性の死亡が確認されました。これで同町の安否不明者は全員発見され同町で亡くなられた方々は36名、北海道全体で亡くなられた方々は41名となりました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
 また、被災されました方々に重ねて深くお見舞い申し上げますとともに、一刻も早い復興を心からお祈り申し上げます。

 この度の北海道大地震につきまして、生長の家総裁・谷口雅宣先生 が、ご自身のブログ『唐松模様』で「2018年9月9日(日) 北海道大地震で考える」と題してお書きいただいています。深く感銘いたしました。ぜひ全文を、熟読・味読ください。

   総裁先生は、最後にこのように書かれています。

『これらの科学者の分析と、最近の異常気象の頻発を目撃して、私はこう考えるのである--人類は際限なくエネルギーや資源の消費を続けてきたために、地球の大気の構成が激変しつつあり、それに伴い温暖化、海水の成分の変化、海水温の上昇、AMOCを含む地球規模の海流システムの変化、生物界の変化が大規模に進行している。だから、これからの広域にわたる気象は、従来のデータを基にして想定する気象予報は、ほとんど役に立たなくなる可能性を排除すべきではない。これを言い直すと、「従来は“想定外”だった気象現象も、今後は想定しなければならない」ということだ。

 これはもちろん、「過去の経験は参考にならないから、将来に向かって勝手放題をすればいい」ということではない。私たち人類は“地球生命の一部”だから、地球環境を破壊することは自己破壊であるとの認識を明確にもち、環境破壊をやめ、環境と共生することに幸福を見出す生き方の創造と実践を、従来の習慣に引きずられることなく、強固な決意のもとに進めていく以外に選択肢はないのである。』

 今こそ、環境と共生することに幸福を見出す生き方の創造と実践が大切ですね。

 ぜひ、総裁先生の「2018年9月9日(日) 北海道大地震で考える」を熟読・味読ください。

                     (牧野尚一:H30.09.11)

2018年9月 9日 (日)

物言わぬ物への感謝

1.信仰生活の神示

 生長の家創始者・谷口雅春先生には33の神示が啓示されました。
 その中に、 『信仰生活の神示』(昭和六年十二月五日神示)があります。谷口雅春先生著『御守護 神示集』日本教文社刊では、30-34頁に収録されています。

『信仰生活とは無用意の生活ではない。すべてに於て完全に用意されている生活である。凡(およ)そ信仰生活ほど完全に用意されている生活はない。それは心が完全に用意されているだけではなく、物質にも完全に用意されている生活である。物質は心の影であるから心が完全に用意されているとき物質も必要に応じて完全に与えられるのである。』

 「信仰」とは何でも神様にお委せしているから何の準備も用意もしない、という生活ではありません。「信仰」生活ほど行き届いた、すべてに於て完全に用意された生活、それが「信仰」生活である、とご教示いただいています。

 別に疑心暗鬼したり、恐怖したり、憂うる必要はなく、淡々と必要なものを調え、必要な事を準備する、その“当たり前の生活”が本当の「信仰」生活であり、 「生長の家」の生き方です。

『家庭は一つの有機体(ゆうきたい)であるから、良人が明日の用意をしないときには妻が明日の用意をするようになる。妻が明日の用意をしないときには良人が明日の用意をする。右の手が利かなくなったら左の手が利くように成るのも同じことだ。それは自然の代償(だいしょう)作用でそう成るように計(はか)らいがあるのである。それは有難い自然の計らいであるから、夫婦互いに感謝するが好い。信仰生活とは明日の用意をしない生活だと思って、明日の用意をする配偶(つれあい)を信仰がないと思って夫婦が争っている信仰深い家庭があれどもみんな誤った信仰である。『明日のことを思い煩(わずら)うな』と云う意味は『明日の用意をするな』と言うことではない。信仰生活とは冬が来てから綿入(わたいれ)を縫(ぬ)えと言うような生活ではない。秋から冬に綿入を縫うて置いても、それは『取越苦労(とりこしくろう)』ではない。心が整えば秋から冬に要るものがちゃんと判って、自然法爾(ひとりで)に其の要る物を用意したくなるのである。』

 日本の様に四季が明確な国は、春が近づけば春の準備を、夏が近づけば夏の準備を、秋には秋の準備を、そして冬が近づけば冬支度をする。これは当たり前の事ですが、それが「信仰」生活です。この点、動植物も自然と一体となっていますので、賢く対応していますね。ツバメは秋の来る前に南国に旅立ち、リスは越冬に供えて木の実を大地に隠したりと、準備を怠りません。

 人もまた『備えあれば、憂いなし』で賢く対応いたします。

『自然法爾(ひとりで)と云うものは、外から自然に与えられることばかりではない。内から自然に催して来るこころの中にも自然法爾(ひとりで)がある。心が乱れて病気になったとき心が調えばその病気を治すに適当な食物が欲しくなるのも自然法爾(ひとりで)である。野の鳥も卵を産む前に自然に巣を造りたくなる。卵を産む前に巣を造っても小鳥は取越苦労をしているのではない。『生長の家』の生活は物質に捉(とら)われない生活だといっても、物質をきたながる生活ではない。金銭を穢(きたな)いもののように思ってそれを捨てねば気が安まらぬような心も物質に捉われているのである。物質は影であるから綺麗も穢いもない。卵を産む前に小鳥が巣を造りたくなるように自然に用意したくなる時には内からの囁(ささや)きに導かれて好い。心が調(ととの)えばその心の展開として用意すべきものは適当に用意したくなる。すべて用意するものを信仰浅きものと思うな。用意しないで取越苦労をしている生活もあれば、取越苦労をしないで自然に用意している生活もある。(昭和六年十二月五日神示)』

 「自然法爾」にすべてを調えるために、 「生長の家」では「神」との一体感を深める「神想観」をお薦めしています。全智全能の「神様」からの導きほど完全なものはありませんから、まず「神様」との一体感を深め、常に「神様」の導きに耳傾ける習慣をつけておきましょう。

 「生長の家」の座禅的瞑想法である「神想観」の詳しい実修法につきましては、下記の書籍をご参照ください。

生長の家創始者・谷口雅春先生『新版 詳説 神想観』(日本教文社刊)

前生長の家総裁・谷口清超先生『神想観はすばらしい』(日本教文社刊)

生長の家総裁・谷口雅宣先生『生長の家ってどんな教え?』(生長の家刊)

2.物言わぬ物への感謝

 今年は西日本豪雨があり、猛暑があり、そして先日は台風の甚大な被害があり、更に今回は大きな地震(平成30年北海道胆振東部地震)がと、残念ながら日本列島は昔から自然災害が頻繁に発生します。日本列島の下ではプレートが4つも交わっていて、地殻変動が起きやすい地形となっています。そして、太平洋では必ずと言って良いほど台風が頻繁に発生します。既に22号も発生しています。

 従いまして、日本では如何にリスクを最小限に抑えるかという叡智と対応が常に不可欠ですね。

 このような日本列島ですから、海岸線に54基もの原子力発電所を並べておいては、地震や津波の甚大な被害が予測されますので、一刻も早く速やかに解消する必要があります。これは「取越苦労」ではなく、東日本大震災から学んだ大きな教訓の一つでもありますので、速やかに着手して安全な世界を構築してゆく必要がありますね。

 また、自然災害を大型化させてしまう地球温暖化の防止も喫緊の課題です。
 神の叡智を仰ぎながら、日常生活の中で地球環境の保全活動を心懸けてゆきましょう。

 前生長の家総裁・谷口清超先生には沢山のご著書がありますが、その一冊に『伸びゆく日々の言葉』(日本教文社刊)があります。
  1月1日から12月31日まで、珠玉の真理のお言葉が綴られた366日の箴言集です。(2月29日もあります)

 九月の章は「自然に恵まれて」です。 「九月八日 物言わぬ物への感謝」には、次の様にあります。

『今地球は次第に酸素が少くなり、炭酸ガスが増えつつあるという。しかしこれでは地球は人間の住む場所として不適当になるだろう。太古の地球は炭酸ガスに蔽(おお)われていたが、植物が生(は)えて酸素が作られた。もし植物がなければ、地球は再び太古の状態にかえる他はないのである。人間にとって、植物こそ最大の恩恵者である。しかし果して人はどれだけ感謝し保護しているか。夏は緑の植物が実に有難い。雨も亦(また)吾々に安息を与える。この有難い大自然に感謝し、物言わぬそれらの物に、限りなく感謝を捧げようではないか。』(pp.202-203)

 地球は、大自然は、動植物は、山川草木国土悉く物言わずに、私たち人類を生かそう生かそうと活動しています。これに深く感謝し、自然を大切にすることこそ宗教生活に他なりません。なぜなら、すべては神の生命の顕現でありますので、ただただ感謝し、ただただ礼拝あるのみです。

 「生長の家」は「天地一切のものが神(仏)」というこの真理に立脚し、「神の創造された自然と人間の大調和した世界」実現のために、地球環境問題に積極的に取り組んでいます。

 このように「生長の家」は大神様の御心の実現のために立教され、生長の家創始者・谷口雅春先生、前生長の家総裁・谷口清超先生、そして生長の家総裁・谷口雅宣先生、生長の家白鳩会総裁・谷口純子先生のご指導をいただいて、着々とその使命を果たしてきました。いよいよ21世紀は、その理想実現の世紀です。

 今、 「生長の家」 がこの至高の真理の宣布と共に、次世代に“美しい地球”を継承していくために、日常生活で何が必要かを明確に知っていただくために、ぜひ「生長の家」の「環境方針」 を熟読・味読ください。

 また、日常生活での具体的な実践として、次の3つの活動をお薦めしています。

 「ノーミート、低炭素の食生活」

 「省資源、低炭素の生活法」

 「自然重視、低炭素の表現活動」

3.自然の香り

 谷口清超先生著『伸びゆく日々の言葉』(日本教文社刊)の「九月九日 自然の香り」には、次の様にあります。

『果物が熟して来ると、とてもよい香りを放つ。タクシーの中で、よい香りがするので、フト見ると運転手席の隣に、三個の夏ミカンが転がしてあったという“新聞投書”を見たことがある。たったそれだけの配慮で、永い間芳香をたのしむことが出来る。百合(ゆり)の花などは、特別香りが強い。これだけの香水をふりまくと、随分高価であろうが、それを自然は惜しみなく与えてくれる。そのように、花や果実に劣らず人間も芳香をふりまいて歩こう。ミツコや“夜間飛行”をふりまけというのではなく、人格の香りを放散させようというのである。人間の魂が“成熟”すると、自然に芳香が周囲に漂うのである。』(pp.203-204)

 百合や自然の花々に負けないよう、人格の香りの放散を心懸けたいと存じます。

                     (牧野尚一:H30.09.09)

2018年9月 7日 (金)

リスクを最小限に

 9月6日に発生した「平成30年北海道胆振東部地震」で亡くなられた方々のご冥福を、謹んでお祈りいたします。また、被災された皆さまに対し、心よりお見舞いを申し上げます。一日も早い復興をお祈りいたします。

1.リスクを最小限に

 先日は台風の甚大な被害が。そして今回は大きな地震がと、残念ながら日本列島は昔から自然災害が頻繁に発生します。日本列島の下ではプレートが4つも交わり、地殻変動が起きやすい地形となっています。そして、太平洋では必ずと言って良いほど台風が頻繁に発生します。

 従いまして、如何にリスクを最小限に抑えるかという叡智と対応が常に不可欠ですね。

 このような日本列島ですから、海岸線に54基もの原子力発電所を並べておいては、地震や津波の甚大な被害が予測されますので、一刻も早く速やかに解消する必要があります。これは東日本大震災から学んだ大きな教訓の一つでもありました。

 また、自然災害を大型化させてしまう地球温暖化の防止も、喫緊の課題です。

2.脱化石燃料へ

 2018年9月4日の『日本経済新聞』朝刊に「脱化石燃料へ株売り圧力」とありました。副題は、「世界900超の投資家撤退 企業に事業転換促す」です。

 それによりますと、世界的に異常気象が相次ぐなか、気候変動リスクの回避へ投資マネーが動き出したということです。化石燃料などに関連する企業の株式や債券を売却すると決めた投資家は世界で900超、資産規模は約700兆円にのぼるというのですから大きいですね。融資を停止する動きも広がっていて、気候変動を助長する事業を手掛ける企業は、規制などの関係で業績悪化の可能性があります。そうした企業を避けると同時に、市場の圧力で事業転換を促していく狙いもあるということです。

 環境の観点から保有する株式などを売却することを「ダイベストメント(Divestment=投資撤退)」と呼ぶそうですが、環境負荷の高い企業を「買わない」だけでなく、積極的に「売り切る」ところまで踏み込む新しい判断とのこと。

 アイルランド議会は2018年7月、「化石燃料ダイベストメント法」を可決し、政府系ファンドが石炭や石油など化石燃料企業に関連する資産を5年以内にすべて売却すると決めました。対象は17年6月時点で約150社、残高は3.2億ユーロ(約400億円)で運用総額の3.6%に相当するそうです。

 米ニューヨーク市の年金基金も18年1月、化石燃料企業からの投資撤退を決めました。米エクソンモービルやシェブロンなど約190社、50億ドルが売却の候補となります。日本企業も例外ではなく、中国電力や北陸電力など電力6社の株式をノルウェーの公的年金が売却しました。石炭火力発電の比率が比較的高いためという理由です。

 環境団体ダイベストインベストによりますと、環境負荷の高い企業からの投資撤退を表明した世界の投資家は18年8月時点では900超と過去5年で7倍強に増加したそうです。運用資産は合計6.3兆ドル(約700兆円)にのぼり、エネルギー関連企業の保有比率などを考慮すると、2~3%程度(15兆~20兆円程度)が実際に売却される可能性があるということです。

 異常気象や自然災害が世界で多発するなか、気候変動が経済成長を下押ししかねないとの懸念が投資家の間で強まっていることが背景にあり、環境負荷の高い企業は将来の規制強化による業績悪化も懸念されています。

 融資を凍結する動きも相次いでいます。欧州金融大手の仏BNPパリバやオランダのINGなどが17年中に採炭や石炭火力発電への新規融資の停止を決定しました。日本でも18年に入り、三井住友信託銀行が石炭火力発電事業向け融資を国内外で原則やめる方針を打ち出しています。

 市場や企業活動への影響も強まっています。世界の株式相場は14年末比で約25%上昇した一方、エネルギー関連株は小幅安と低迷しており、米エクソンモービル株は同期間に1割強下落したそうです。

 ダイベストメントには「気候変動リスクにつながる産業を縮小させる狙いもある」(日本総研の足達英一郎理事)とのこと。こうした影響もあり、米ゼネラル・エレクトリック(GE)は火力発電を含む産業用ガスエンジン事業の売却を決定し、英豪資源大手のリオ・ティントも石炭事業から撤退したそうです。

 「(市場の圧力による)事業転換は続く」(環境関連投資に詳しいニューラルの夫馬賢治社長)とされ、再生エネルギーなどへの参入が活発化しそうだとのことでした。

 ちなみに「ダイベストメント」とは、本来は「売却」の意味だそうです。投融資の世界では近年、環境に悪影響を与える可能性のある企業などの株式売却や融資の引き揚げ・停止を意味することが多く、日本では「投資撤退」と訳すのが一般的とのこと。2015年に地球温暖化対策の国際枠組みである「パリ協定」や「持続可能な開発目標(SDGs)」が採択されたのが弾みとなって普及したということです。

 ノルウェー公的年金の開示情報による「ダイベストメント」の対象となっている主な企業名は次のとおりでした。

《石炭》
  グレンコア(スイス)
  コール・インディア(印)
  中国神華能源(中)
  エクサロ(南アフリカ)

《石油・ガス》
  エクソンモービル(米)
  シャブロン(米)
  ロイヤル・ダッチ・シェル(英蘭)
  ガスプロム(ロシア)
  中国石油化工(シノペック=中)

《日本企業》
  中国電力など電力各社
  Jパワー
  国際石油開発帝石

3.石炭火力の投融資撤退へ

 2018年9月6日の『山梨日日新聞』朝刊には「石炭火力の投融資撤退へ」とありました。
 副題は、「国内機関投資家 温暖化懸念で変化」で、それによりますと、

 三井住友信託銀行や日本生命保険など機関投資家が、石炭火力発電所への新たな投融資をやめる事を明らかにしているそうです。地球温暖化の懸念が深まり、石炭を使う経済活動から資金を引き揚げる流れが世界的に拡大し、動きが鈍かった日本でも変化が見られるとのことです。国内で相次ぐ石炭火力新設計画に対し、大和総研の河口真理子主席研究員は「石炭関連事業への投融資がリスクになるとの認識が急速に広がってきた。石炭火力新設を考え直す事業者も出てくるのではないか」と指摘しているそうです。

 石炭は調達価格が安い一方で、燃やすと二酸化炭素(CO2)の排出量が多く温暖化につながります。環境規制が強まる欧州では、フランスのBNPパリバやドイツ銀行など主要銀行が石炭火力計画や石炭採掘への新たな投融資を停止、保険大手の仏アクサや英ロイズ、スイスのチューリッヒ保険は石炭関連企業への投資打ち切りを進めています。
 トランプ政権が環境規制撤廃を進める米国でも、金融最大手のJPモルガン・チェースは新たな炭鉱開発計画に資金提供しないとし、大手シティグループは再生可能エネルギーや水質保全への投融資を増やしたそうです。

 三井住友信託銀行も7月、今後建設が検討される国内外の石炭火力発電計画に原則取り組まない方針を明らかにしました。同行は「低炭素社会の実現への取り組みは金融機関にとっても重要な経営課題だ」と指摘しています。

 日本生命も既に同様の方針を表明し、第一生命保険も海外の計画には投融資しないと社内ルールを変更しました。両社とも「国際的な動向を踏まえた」ということです。

 化石燃料から自然エネルギーの活用へと、時代は確実に変化しています。日常生活に不可欠なエネルギーを、地球環境に負荷をかけずに効率的に入手できる方法を更に積極的に導入し、英知を結集して“美しい地球”を次世代へと継承して行くことが大切ですね。

                     (牧野尚一:2018.09.07)

2018年9月 5日 (水)

日々の祈り

 台風21号は全国各地で甚大な被害をもたらしました。亡くなられました皆様のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。また、被災されました方々にお見舞い申し上げますと共に、速やかな復旧を心よりお祈り申し上げます。

1.日々の祈り

 生長の家総裁・谷口雅宣先生には沢山のご著書がありますが、 『日々の祈り~神・自然・人間の大調和を祈る~』(生長の家発行)には、先生が書かれた49のお祈りが収録されています。

 『日々の祈り』の目次を紹介しますと、次のとおりです。(数字は頁です。)

・神を深く観ずるために
  神の愛に感謝する祈り………8
  神の護りに感謝する祈り………12
  神の絶対の御徳を讃える祈り………16
  普遍なる神の無限を観ずる祈り………20
  多様性の中に神を見る祈り………25
  想念を浄めて神に見(まみ)える祈り………30
  神の真・善・美の御徳を讃える祈り………35
  観を転換してものの真価値を知る祈り………41
  法則としての神の御徳を讃える祈り………46
  真・善・美なる神を内に自覚する祈り………51
  神の無限供給を観ずる祈り………57
  天照大御神の恩徳を讃嘆する祈り………62

・自然を深く観ずるために
  「すべては一体」と実感する祈り………70
  神の無限生命をわが内に観ずる祈り………74
  自然の営みに神の御徳を観ずる祈り………80
  「生存競争」の迷いを去る祈り………86
  雨の恵みに感謝する祈り………90
  曇り空を感謝する祈り………94
  「人間は自然そのもの」と知る祈り………97

・人間を深く観ずるために
  肉体の我から真我へと飛躍する祈り………104
  神の子の善なる使命を自覚する祈り………109
  神の子の自覚を深めて前進する祈り………114
  神の愛の実践者を自覚する祈り………119
  すべての人々の実相を讃える祈り………124

・明るい人生観をもつために
  日々新たに生まれる祈り………132
  人生にただ善のみ観る祈り………137
  神の自己実現としての人生を自覚する祈り………141
  観を転換して人生に光明を見る祈り………146
  今ここに無限の富を自覚する祈り………152
  不幸の非実在を観ずる祈り………157
  「無駄なものは何もない」と知る祈り………163
  「人生に迂回路はない」と知る祈り………168
  「偶然はない」と知る祈り………172
  「終り」は「始まり」であることを知る祈り………177

・人生のすばらしさを観ずるために
  真我を自覚して「魂の半身」と出会う祈り………184
  「魂の半身」を讃美する祈り………189
  彼 (彼女) の実相を観じて和解する祈り………194
  愛行実践歓喜増幅の祈り………200
  神の子の希望実現のための祈り………204
  コトバの力を駆使(くし)して運命を創(つく)る祈り………209
  よい生活習慣を創り出す祈り………214
  困難に戯(たわむ)れて明るく生きる祈り………218
  捨てることで自由を得る祈り………224
  神の国の平和を喚(よ)び出す祈り………229

・「病気本来なし」を自覚するために
  病に観世音菩薩を観る祈り………236
  内なる無限健康を自覚する祈り………236
  内在の生命力を引き出す祈り………243
  「肉体なし」の真理を自覚する祈り………248
  日々刻々新生を自覚する祈り………252

 以上です。

 最初から順次49のお祈りを実修されましたら「生長の家」の全容を理解することが出来ますし、もし今速やかに解決したい課題がありましたら、上記の中からまず一つ選んでお祈りされてもよろしいですね。きっと、課題解決に大きな指針がひらめくことでしょう。

2.神の愛に感謝する祈り

 『日々の祈り』の最初の祈りは「神の愛に感謝する祈り」です。

『神さま私は神の子であります。私はあなたの愛を一身に受けて生きています。私の魂(たましい)はあなたの愛に包まれて、平安であり、生き甲斐(がい)に溢(あふ)れ、歓喜(かんき)に満ちています。あなたの愛はこの空気であり、水であり、体内に燃える命(いのち)の炎(ほのお)であり、この肉体となって結実(けつじつ)しています。私の肉体は物質ではなく、あなたの愛の表現であります。その肉体が、私の意識によらずとも呼吸し、心臓を動かし、血液を通して栄養を体内の隅々(すみずみ)まで送り、消化し、異物(いぶつ)を取り除き、休息し、新しい細胞(さいぼう)を生み出し、古い細胞を掃除(そうじ)し、老廃物(ろうはいぶつ)を体外へ出してくれます。この精緻(せいち)・複雑、微妙(びみょう)にして調和がとれ、かつ安定した働きこそ、あなたの無限の愛の表(あらわ)れであります。私はただ、その愛の結晶(けっしょう)であるわが肉体を受け入れ、それに乗って神の愛を生きるのであります。あなたの御心(みこころ)を行じるのであります。』(pp.8-9)

 まさに「神は愛なり」という真理を、分かりやすく端的にお示しいただいた素晴らしいお言葉ですね。神様の深い大愛に私達が生かされ、その愛が大自然に、全宇宙に充ち満ちているのですね。

 私の住む山梨県北杜市は、長い日照時間と新鮮な空気に恵まれています。大気が澄んでいますのでオリオン星座をはじめ四季の星座が美しく輝いています。

 豊かな森があり、私もこの五年間でシカ、キツネ、タヌキ、リス、キジ等を目撃しました。ガラス戸を開けていた縁先からは、オオムラサキやカブトムシが舞い込んで来てくれました。冬には、近くでイノシシが目撃されたと放送が流れたそうです。イノシシとはまだ遭遇していません。突進してこられると困りますが、一度は目にしたいものですが、さてどうでしょう。

 つい最近まではツバメを良く見かけました。前の家の車庫の中に巣作りをして、見事ヒナが孵りました。今頃は親子仲良く、遠い南の国へと旅していることでしょう。

 光、空気、水等の豊かな自然の恵みをいただいて、またおいしい野菜・果物をいただいて、神様の愛に包まれて本当にありがたいことです。

『神さま、あなたは私に肉体をくださっただけでなく、肉体の外に広がる無限の宇宙の創造主(つくりぬし)です。宇宙は茫漠(ぼうばく)たる無の空間ではなく、神さまの愛が充ち満ちています。青い空、白い雲、深い海、緑の風、紺碧(こんぺき)の湖、雪を頂いた青い山脈、潺湲(せんかん)と流れる川、森、草原、黒い土、赤い土、黄色い土、虫と鳥、魚と獣(けもの)たち……すべてがそれぞれの場を与えられ、互いに与え合い、切磋琢磨(せっさたくま)しつつ、神さまの愛を表現しています。神さまの知恵を表しています。神さまの命を顕現(けんげん)しています。私はその神さまの懐(ふところ)に包まれ、生かされ、喜びに満たされています。この生命の星・地球は、太陽のエネルギーで支えられています。すべてを燃やし尽くすほどの莫大(ばくだい)なエネルギーが、地球上ですべての生命を支えています。無数の生物たちがつくる生命の網(あみ)が、力を愛に変えています。それが神さまの知恵の働きです。神さまの知恵と愛と命が交(まじ)わるところ、それがこの地球です。』(pp.9-10)

 人は、名前を付けて区分することが好きで、特に子供はものの名前を聴いたり覚えることを喜びます。名前を付けることでそのものとの一体感が増します。

 さて一方、間違いやすいのが、名前を付けたことでそれらが「一つ」のものであることをつい忘れがちになると言うことです。
 山があり、森があり、谷があり、川があり、沢がある。それはそれで名前として間違いないのですが、区分としても便利なのですが、渾然としてそれは一つで、不可分の存在で、区分はあくまで人為的な方便に過ぎません。区分したことで分割して理解したつもりで、つい渾然一体の「一つ」の存在であることを忘れてしまうと、これは主客転倒になります。

 大地の隆起した部分を山と名付け、くぼんだ部分は谷と呼び、流れる水を川と言い、生えて密生している木々を林や森と言っています。そこに生息する動物たちや昆虫、植物にも名前をつけましたが、それぞれ互いに共生し、お互いなくてはならない渾然一体の存在です。一即多、多即一なのです。

  地球環境問題の根底には、すべてが「一つ」であることの宗教的自覚の欠如が指摘されます。
 もう一度、自然が渾然と「一つ」いのちであること、地球そのものが生命体であること、宇宙全体が生命そのものであること、神と自然(地球、宇宙)と神の子・人間がすべて一体であることを深く深く再認識いたしましょう。その時、地球環境問題の課題も、根本的な解決が図られますね。

3.神さまの御心を生きる

『神さま、私は今あなたの実在を如実(にょじつ)に感じます--地球の生命を感じ、太陽の愛を観(かん)じ、宇宙の生かす力を感じます。私の肉体は物質ではなく、あなたの愛です。あなたの知恵です。あなたの命です。私を取り巻くすべての人々は皆、私と同じ神の子ですから、神さまの愛です。知恵です。命です。私の周囲のすべての生き物は、神さまの愛と知恵と命の顕現(けんげん)です。私の生きる環境は、地球は、宇宙は、すべて神の命の表現であります。それを知り、意識し、理解し、愛することができるから、人間は「神の子」と言われるのです。神さま、私は今、人間誕生の意義の荘厳(そうごん)さを感じます。意識し、知恵をもち、広大な愛の心をもった生命こそ、私たち人間です。人間こそ、あなたを意識し、あなたを知恵で理解し、あなたを愛することができる存在です。すべての存在に神性・仏性を感じることのできる私たちは、幸せです。神の子・人間として生かされている私は、幸せです。』(pp.10-11)

 人が、地球のすべてに関心を持ち、大自然や海洋、地底のすべてに関心を抱き、太陽系、銀河系、マルチ宇宙のすべてに関心を持って探求するのも、更には、クォーク等の極微の世界に熱い関心を寄せるのも、天地一切のものすべてと一体の自覚があるからこそですね。

『神さまの御心(みこころ)を生きるのが、神の子・人間の使命です。知恵と愛と命あふれる生活を送ることが、私の使命であり、生き甲斐(がい)です。人生は、神の子の表現の舞台(ぶたい)です。この舞台があるからこそ、私は自己内在の神性・仏性を表現し、すべての人々とともに、すべての生物とともに、喜びを分かち合うことができます。その聖なる場を与え給いし神さまの無限の愛に深く、厚く、感謝いたします。ありがとうございます。』(pp.11-12)

 人の使命は、ここに示されてあるように『神さまの御心(みこころ)を生きるのが、神の子・人間の使命です。』
 「神さまの御心」を生きたとき、私達は魂の歓喜と安らぎを感じます。
 一日一日を「神意現成」の日々といたしましょう。

 『日々の祈り 全集〈CD版〉 神・自然・人間の大調和を祈る』もあります。

                         (牧野尚一:2018.09.05)

2018年9月 3日 (月)

生長の家講習会のご案内(9月・10月)

 「生長の家」の教えとはどのようなものなのか知りたい、学びたいとお考えの方は、是非「生長の家講習会」にご参加ください。全国59会場で2年に1度開催される講習会では、 生長の家総裁・谷口雅宣先生、生長の家白鳩会総裁・谷口純子先生のご講話を直接聴くことができます。また、信徒の体験談や聖歌の合唱なども行われて、1日ゆったりと教えを学ぶことができます。

 開催教区以外の方、信徒でない方も自由に参加できます。日時と会場をご確認の上、ぜひご参加ください。

◆講習会日程◆

◎2018年9月の予定

 9日(日) 札幌・小樽

       札幌市 メイン会場 真駒内セキスイハイムアイスアリーナ
       恵庭市 恵庭会場  恵庭市民会館
       小樽市 小樽会場  小樽経済センター

  ※上段2会場については札幌教化部へ、下段1会場は小樽教化部へお問い合わせください。

 16日(日) 島根・鳥取 

       安来市 メイン会場 安来市総合文化ホール アルテピア 
       出雲市 出雲会場  平田文化館 
       大田市 大田会場  仁摩農村環境改善センター 
       益田市 益田会場  ホテルサンパレス益田 
       倉吉市 倉吉会場  倉吉未来中心 大ホール 

  ※上段4会場については島根県教化部へ、下段1会場は鳥取県教化部へお問い合わせください。

 30日(日) 千葉・茨城

       千葉市 メイン会場  幕張メッセ国際会議場 
       松戸市 松戸会場   松戸市民会館 
       千葉市 教化部会場  生長の家千葉県教化部 
       ひたちなか市 ひたちなか会場 ひたちなか市文化会館 
       つくば市 つくば会場 つくば国際会議場 
       古河市 古河会場   スペースU古河 

  ※上段3会場については千葉県教化部へ、下段3会場は茨城県教化部へお問い合わせください。

◎2018年10月の予定

 14日(日) 熊本・大分

      上益城郡 メイン会場 グランメッセ熊本 
      宇佐市  県北会場  宇佐ホテルリバーサイド 
      杵築市  杵築会場  杵築市健康福祉センター 
      別府市  別府会場  ホテルさわやかハートピア明礬 
      大分市  大分会場  全労済ソレイユ 
      由布市  挾間会場  はさま未来館 
      大分市  大分東会場 大分県総合社会福祉会館 
      臼杵市  県南会場  臼杵市中央公民館 

  ※上段1会場については熊本県教化部へ、下段7会場は大分県教化部 へお問い合わせください。

※時間はいずれも午前10時〜午後2時です。

※詳細は、最寄りの生長の家教化部へお問い合わせください。

◆講習会テキスト◆

谷口雅春先生『新版 光明法語〈道の巻〉』

谷口雅宣先生『凡庸の唄』

                      (牧野尚一:H30.09.03)

2018年9月 1日 (土)

自然に恵まれて

 前生長の家総裁・谷口清超先生には沢山のご著書がありますが、その一冊に『伸びゆく日々の言葉』(日本教文社刊)があります。
  1月1日から12月31日まで、珠玉の真理のお言葉が綴られた366日の箴言集です。(2月29日もあります)

1.樹木の恵み

 九月の章は「自然に恵まれて」です。 「九月一日 樹木の恵み」には、次の様にあります。

『夏が近づくと、樹木の繁みが有難くなる。太陽の日射しを適当に和らげ、人々に休息と沈静を与えてくれる。樹木の葉は炭酸ガスを吸い酸素を与え、動物をやしない育てる。その葉は地に落ちて肥料となり、又燃料となり、小鳥たちの巣となり、人々の庭園となる。樹木が枯れる時、それは来年の復活を約束している。彼らは無言で行動し、献身により人々に奉仕し、数々の教えを与える。その呼出する酸素は地球をとりまき、星々からの強烈な放射能をふせいでくれる。夏の樹々には心から感謝しよう。』(p.198)

 私たち人間は、そして動物は、酸素なくして生命を維持できません。その酸素を供給しているのは樹木であり植物です。私たちは、森の木々のおかげで生かされているのです。
 しかも私たちの食物もまた、穀類、野菜、果実等々、どれを取っても植物なくして生命を維持できません。

『彼らは無言で行動し、献身により人々に奉仕し、数々の教えを与える。』

 ただただ与える“無償の愛”(神の愛)がそこに働いています。

 その植物にはまた、水分が不可欠です。

 生長の家創始者・谷口雅春先生『聖経版 真理の吟唱』(日本教文社刊)の「神の愛を実践する祈り」には、次のようあります。

『(前略)神の愛は静かに降りそそぐ夜露が、すべての植物をうるおして生気を与えるように、静かに音もなく、目立つこともなく万物を生かす。万物を生かしながら、自分が生かしてやったというような顔すらしないで、朝がくれば消え行くのである。それでよいのである。それが神の愛である。その事を知らせ給うた神に感謝いたします。』(pp.113-114)

 人もまた、ただただ与える樹木や植物のように、また静かに降りそそぐ夜露のように、ただただ与え合うとき、忽ちそこに地上天国、極楽浄土が出現いたします。

2.いのちの流れ

 谷口清超先生著『伸びゆく日々の言葉』「九月三日 いのちの流れ」には、次の様にあります。

『山は不動であると思うのは、現象にとらわれた見方である。現象界の凡ゆるものに、不動はなく、必ず変易し、移り行くのである。大陸もプレートも移動するし、月も太陽も亦(また)刻々変化する。それ故「山は流れる」のであり、「河も流れる」のである。しかもその動きは、単なる現象の変化だけではなく、その奥の実相のいのちの流れである。それは活発ないのちの奔流であり、母なるいのちの現成である。それ故、山は大切ないのちであるから、これを殺傷し汚染してはならない。山は人々に救いと安らぎを与えてくれる仏であると悟れ。』(p.199)

『それ故「山は流れる」のであり、「河も流れる」のである。しかもその動きは、単なる現象の変化だけではなく、その奥の実相のいのちの流れである。』

 これが「信仰」の要諦ですね。 「実相世界」では、すべてが完全円満、永遠不滅であり、かつ活気凜々、生き生きと無限生長、無限創造の生命の独在です。
 山、山に非ず、これを山という。川、川に非ず、これを川という。
 山を見、川を見、自然を見て、実はそれが生命の顕れ、仏の顕れ、神の顕れと悟る、これが「宗教」です。

 「山川草木国土悉皆成仏(さんせんそうもく こくどしっかいじょうぶつ)」

 山も川も草も木も、大地も、大自然 悉(ことごとく)皆、成れる仏そのものである。

 「有情非情同時成道(うじょうひじょう どうじじょうどう)」

 情(こころ)有る人や動物はもとより、情(こころ)非(あらざる)と見える大地や鉱物も、実は皆ともに成れる仏、“神のいのち”の顕れそのものである。今、此処は、一大生命世界である。

 これが「宗教」の本質であり、 「自然」の正しい理解の仕方です。
 この対極にある考え方を唯物論と言います。
 「自然」を礼拝し、感謝し、 “美しい地球”を後世に伝えて行こうとすることこそが宗教者の道であるわけです。

 「生長の家」「天地一切のものが神(仏)」というこの真理に立脚し、 「神の創造された自然と人間の大調和した世界」実現のために、地球環境問題に積極的に取り組んでいます。

 このように「生長の家」は実相宇宙創造の大神様の御心の実現のために立教され、 生長の家創始者・谷口雅春先生前生長の家総裁・谷口清超先生、そして生長の家総裁・谷口雅宣先生のご指導をいただいて、着々とその使命を果たしてきました。いよいよ21世紀は、その理想実現の世紀です。

 今、 「生長の家」がこの至高の真理の宣布と共に、次世代に“美しい地球”を継承していくために、日常生活で何が必要かを明確に知っていただくために、ぜひ「生長の家」の「環境方針」を熟読・味読ください。

 また、日常生活での具体的な実践として、次の3つの活動をお薦めしています。

 ・「ノーミート、低炭素の食生活」

 ・「省資源、低炭素の生活法」

 「自然重視、低炭素の表現活動」

3.神の愛を実践する祈り

 ただただ与える“無償の愛”(神の愛)について書かれた、谷口雅春先生著『聖経版 真理の吟唱』(日本教文社刊)の「神の愛を実践する祈り」は、次のように始まっています。

『すべての人の生命の奥底には神のいのちが宿っているのである。それを仏教では「一切衆生悉く仏性あり」というのである。それをキリスト教では「内在のキリスト」というのである。その“仏性”といい、「内在のキリスト」というのは、われわれ日本人では“神”と呼ぶのである。“神”がすべての人々のうちに宿っているのである。“宿っている”どころか、“神”こそが人間の“本当のいのち”であり、肉体は、“神”が地上に天降って自己実現のための媒体であって、肉体は、“人間そのもの”ではないのである。肉体の奥に、物質の奥に、霊妙きわまりなき、神通自在の神霊が存在するのであって、その神霊こそが、“人間そのもの”であるのである。』(pp.110-111)

 表面だけ見ると、人間は“肉体”かと思うかもしれませんが、“肉体”は神の子人間の本性(神性)が纏(まと)っている衣に過ぎません。衣服の下に本体があるように、“肉体”という衣の下に、神の生命(神霊)そのものが存在し、それがあなたの本性です。

『その神霊の本質は“愛”であり“智慧”であり、“久遠不滅の生命”であるのである。私たちが愛を全うしたとき、わが内部の神霊は本当に生きたのであり、本当に生きたとき、人間は生き甲斐を感ずるのである。』(p.111)

 私たちの本性が「神(仏)」であり、「神(仏)」の本質が“愛(四無量心)”ですので、私たちは、“愛”を実践したとき生き甲斐を感じ、魂の感動を得ることができます。

『神の愛はすべての人を憎まない。神の愛はすべての人を赦(ゆる)すのである。神の愛はすべての人を生かすのである。神の愛は偏った好き嫌いをしないのである。すべての人に調和してすべての人を幸福にせずにおかないのが神の愛である。神の愛は行届くのである。神の愛は決して躓(つまず)くことはないのである。神の愛は自分を愛しない人をも愛するのである。神の愛は、その相手となる人が自分を愛しなくとも寂しくはないのである。神の愛に寂しいということはないのである。神の愛はただ愛するのである。神の愛は決して自分を愛して貰うことを求めないのである。神の愛は無条件の愛である。神の愛は報いを求めないのである。愛は求めないでも、それを実践するとき愛自身を全うするのである。』(p.112)

 愛を実践しても、それを理解してもらえない、認めてもらえない時もあります。残念なことですが、無償の愛は、それを期待してはいけません。ただただ愛する。それが神(仏)の愛ですね。

『神の愛が自分に発現したとき、自分は神聖となるのである。何故ならその人は決して利己的な欲望をもたないからである。神の愛は無我の愛である。無我のところに神があらわれるのである。我の願いが含んでいる愛は汚れている愛である。愛の仮面をかぶっている煩悩に過ぎないのである。手垢のついた愛は、愛の仮面をかぶった利己主義である。愛は快楽主義ではないのである。愛は自己の快楽を放棄するのである。愛は求めないで、すべてを捧げる。自分のすべてを献げ終わったとき、そこに却(かえ)って完(まっと)うするものがある。それが神の愛であるのである。』(pp.112-113)

 無償の愛の極意がここにあります。

 そして、先程ご紹介した次のご文章が続きます。

『神の愛は静かに降りそそぐ夜露が、すべての植物をうるおして生気を与えるように、静かに音もなく、目立つこともなく万物を生かす。万物を生かしながら、自分が生かしてやったというような顔すらしないで、朝がくれば消え行くのである。それでよいのである。それが神の愛である。その事を知らせ給うた神に感謝いたします。』(pp.113-114)

 「神は愛なり」
 従いまして、 「“神の子”は愛なり」
 無償の愛の実践こそが“神の子”の人生です。
 その時、人生は「神生」となります。

                     (牧野尚一:H30.09.01)

2018年8月31日 (金)

絶対神を信ずる

 前生長の家総裁・谷口清超先生には沢山のご著書がありますが、その一冊に『伸びゆく日々の言葉』(日本教文社刊)があります。
  1月1日から12月31日まで、珠玉の真理のお言葉が綴られた366日の箴言集です。(2月29日もあります)

 八月の章は「信仰の姿勢」です。 「八月三十一日 絶対神を信ずる」には、次の様にあります。

『信仰は一生涯の問題であり、人生最大の課題である。それをもしどうでもよいこととか、一種の趣味やサークル活動のテーマの如く考えていると大間違いだ。何故なら、人間は「何か」を信じていなければ生きられないからである。ある人は「物」や「金」を信じ、それによって幸せになれると信ずる。又ある人は神を信じ、又ある人はイデオロギーや学歴を過信し、それが“絶対”であるかの如く錯覚する。しかし同じ信仰にもピンからきりまであるから、信ずるならば「絶対神」を信ずるがよい。神はイデオロギーでも愛国運動でもなく、金や物や学歴、職業でもない。現象の一切をこえた「実相」の「絶対者」である。』(p.196)

 信仰とは、「神(仏)」を信ずることに他なりませんが、どのような「神(仏)」を信ずるか、が大切です。

 「生長の家」が提唱し、信ずるところの「神(仏)」とは、

『神はイデオロギーでも愛国運動でもなく、金や物や学歴、職業でもない。現象の一切をこえた「実相」の「絶対者」である。』

 とありますように、宇宙の大生命、唯一の絶対者そのものです。

 この「絶対神」への帰依が「生長の家」の「信仰」です。

 日々、「神想観」によって「絶対神」との一体感を深め、そしてその神の導きのままに日々生活し、行動する、これが「生長の家」の「信仰」です。

 「生長の家」はこの「唯一絶対神」の御心の実現のために立教され、生長の家創始者・谷口雅春先生、前生長の家総裁・谷口清超先生、そして生長の家総裁・谷口雅宣先生のご指導をいただいて、着々とその使命を果たしてきました。いよいよ21世紀は、その理想実現の世紀です。

 今、 「生長の家」 がこの至高の真理の宣布と共に、次世代に“美しい地球”を継承していくために、日常生活で何が必要かを明確に知っていただくために、ぜひ「生長の家」の「環境方針」を熟読・味読ください。

 また、日常生活での具体的な実践として、次の3つの活動をお薦めしています。

 ・「ノーミート、低炭素の食生活」

 ・「省資源、低炭素の生活法」

 ・「自然重視、低炭素の表現活動」

 「神」は完全円満・永遠不滅・無限生長・無限創造の「実相世界」に既に美しい自然と神の子・人間とともにあり、常に私たちに内在して日々瞬間瞬刻、私たちを導いてくださっています。この素晴らしい「実相世界」を主宰される「大神様」の御心を体して、次世代に“美しい地球”を継承して行くためにも、日々、自然環境にできるだけ負担をかけない日常生活を送りましょう。

                     (牧野尚一:H30.08.31)

2018年8月27日 (月)

生長の家講習会のご案内(9月)

 「生長の家」の教えとはどのようなものなのか知りたい、学びたいとお考えの方は、是非「生長の家講習会」にご参加ください。全国59会場で2年に1度開催される講習会では、 生長の家総裁・谷口雅宣先生、生長の家白鳩会総裁・谷口純子先生のご講話を直接聴くことができます。また、信徒の体験談や聖歌の合唱なども行われて、1日ゆったりと教えを学ぶことができます。

 開催教区以外の方、信徒でない方も自由に参加できます。日時と会場をご確認の上、ぜひご参加ください。

◆講習会日程◆

◎2018年9月の予定

 9日(日) 札幌・小樽

       札幌市 メイン会場 真駒内セキスイハイムアイスアリーナ
       恵庭市 恵庭会場  恵庭市民会館
       小樽市 小樽会場  小樽経済センター

  ※上段2会場については札幌教化部へ、下段1会場は小樽教化部へお問い合わせください。

 16日(日) 島根・鳥取 

       安来市 メイン会場 安来市総合文化ホール アルテピア 
       出雲市 出雲会場  平田文化館 
       大田市 大田会場  仁摩農村環境改善センター 
       益田市 益田会場  ホテルサンパレス益田 
       倉吉市 倉吉会場  倉吉未来中心 大ホール 

  ※上段4会場については島根県教化部へ、下段1会場は鳥取県教化部へお問い合わせください。

 30日(日) 千葉・茨城

       千葉市 メイン会場  幕張メッセ国際会議場 
       松戸市 松戸会場   松戸市民会館 
       千葉市 教化部会場  生長の家千葉県教化部 
       ひたちなか市 ひたちなか会場 ひたちなか市文化会館 
       つくば市 つくば会場 つくば国際会議場 
       古河市 古河会場   スペースU古河 

  ※上段3会場については千葉県教化部へ、下段3会場は茨城県教化部 へお問い合わせください。

※時間はいずれも午前10時〜午後2時です。

※詳細は、最寄りの生長の家教化部へお問い合わせください。

◆講習会テキスト◆

谷口雅春先生『新版 光明法語〈道の巻〉』

谷口雅宣先生『凡庸の唄』

                      (牧野尚一:H30.08.27)

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